Ne.28『こんなダイハードみたいな休日望んでない!』

根岸「久々に予定のない休日だし、積んであった本でも読むかな……」


佐原「――」


根岸「さてさて――」


佐原「ぼわわわ~ん」


根岸「……なんだ」


佐原「呼ばれて飛び出てわっしょいわっしょい! こんにちは、本の妖精です」


根岸「……呼んでない」


佐原「でも読むところだったでしょ? 積んであった本を! 予定のない静かな休日に! コーヒーも淹れて準備万端で! わっしょいわっしょい!」


根岸「急にめちゃくちゃ騒がしくなった……」


佐原「わっしょいわっしょ……あ!」


根岸「ああっ! ……お気に入りのマグカップが真っ二つに!」


佐原「……」


根岸「お前……」


佐原「……まさか、仲間の身に何か……」


根岸「違うぞ、お前が落として割っただけだ!」


佐原「というわけで本の妖精です、こんにちは」


根岸「何事もなかったかのように振る舞われた」


佐原「俺が、マグカップのことなんて忘れさせてやるよ」


根岸「急にイケメン」


佐原「というわけで、本の世界へご招待だ! それー」


根岸「承諾してない! ああ本に吸い込まれるー」




探偵「その場にいたあなたにしかできないんですよ。被害者の後輩であったあなたにしか、幕を引くことができないんです」


佐原「あ、やべここ最終ページだ。戻るよー」




根岸「……」


佐原「最高の舞台、最高のトリック、最高の人間ドラマが揃っている。これ以上ないエンタテイメント推理小説。読後の爽快感にあなたは天を仰ぎ見る!」


根岸「……」


佐原「という触れ込みの推理小説を、VRかよ!って臨場感で楽しめるんだ! すごいだろう!」


根岸「……」


佐原「ほらさっそく主人公が来たぞ。屋敷の執事でメイドなこの物語の主人公、性転換執事探偵、早乙女乙女のお出ましだ」




探偵「クッキーが一人分足りない? 用意してあったのにですか?」




根岸「おい」


佐原「うん?」


根岸「……おぉーい」


佐原「事件の始まりは客人のために用意してあったクッキーの包みがひとつ足りないことに早乙女が気づいて、先輩メイドから相談を受けるところから」


根岸「おぉーい」


佐原「なにー、どうしたのさ、せっかく読書し始めたんだから、没入しなよ」


根岸「いやうん……、えぇー」


佐原「なにー」


根岸「オチじゃんさっきの。最終ページの最後のセリフじゃん。あと地の文が数行で終わるとこじゃん」


佐原「大丈夫、あの最終犯人にたどり着くまでにクッキーの犯人が先輩メイドだってのと、屋敷の自家用飛行機を盗んだのが近所のガキ大将だって事件が挟まるから」


根岸「ちょ!」


佐原「安心して目の前の小説を楽しむんだ!」


根岸「全部じゃん! 全部なんかもう解決しちゃったじゃん!」


佐原「解決してないよ、まだ早乙女は自家用飛行機が盗まれたことにも気づいてないし、旧帝国軍の残党が屋敷に忍び込んでることにも気づいてない」


根岸「そうじゃない! ちょ、ヤメヤメ! この小説ヤメ!」


佐原「えー、ここからが楽しいのに」


根岸「まだクッキーひと包み消えただけじゃないか! っていうかもうそういう問題じゃない! 出せ! ここから出せ!」


佐原「……」


根岸「いや、出してよ」


佐原「そうもいかないんだ。キミはもうこの世界に取り込まれてしまったんだ。出すわけにはいかない」


根岸「勝手に連れて来といて! ひどくない?」


佐原「どうしても出たいというのなら、方法が無いこともない」


根岸「……なんだよ」


佐原「最後まで読むんだ」


根岸「苦行! ネタバレされてるのに!」


佐原「さあ、次のページへ行くよ!」


根岸「ちくしょう! 俺の平和な休日を返せ!」




どかーん!


佐原「危機一髪だったね!」


根岸「なんで俺が燃え上がる飛行機から主人公を救出しなきゃいけないんだよ!」


佐原「主人公早乙女が女の子モードのときは頭の回転ははやいし勘も鋭くなるけど、身体能力は男の子モードよりは落ちるんだ。得意な能力を使い分けるのがカギだね」


根岸「そうじゃない! そこじゃない! 聞きたいのは「なんで俺が」のトコ!」


佐原「もうキミは読者じゃない、この小説の登場人物なんだ」


根岸「こんなダイハードみたいな休日望んでない!」




どかーん!


佐原「危機一髪だったね!」


根岸「……屋敷も爆発炎上した……」


佐原「主人公早乙女が爆弾魔モードのときは気をつけるんだ。火気厳禁だよ」


根岸「なにそのモード」


佐原「ちなみにこの小説で一番人がたくさん死ぬシーンがここ」


根岸「……ご主人夫妻も坊ちゃんも炎の中かぁ」


佐原「だがこの事件、まだまだ裏があるんだよ!」


根岸「っていうか犯人、主人公だよね」


佐原「爆弾魔モードのときはしょうがない」


根岸「そういうものなの?」


佐原「小説の中は治外法権さ!」


根岸「腑に落ちない」




どかーん!


佐原「うわー!」


根岸「本の妖精ぃー!」


佐原「ぼくは……、ここまでみたいだ……」


根岸「待て待て待て、お前が死んだら俺はどうやって本の外の世界に出るんだよ!」


佐原「はは……、こんなときにも人の心配か……、つくづくお人好しだよキミは……」


根岸「自分の心配だよ!」


佐原「キミは、最後までこの物語を見届けるんだ、それが残されたキミの、役割だ……」


根岸「見届けるどころかがっつり参加してるぞもう」


佐原「ガクリ……」


根岸「本の妖精ぃー!」




探偵「その場にいたあなたにしかできないんですよ。被害者の後輩であったあなたにしか、幕を引くことができないんです」


根岸「……俺が被害者の後輩で最終的な犯人になるまで終わらないとは……」




根岸「んで、自分で幕を引くと……」




閉幕

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