Ne.22『男は誰しも心に魔物を飼っているんですよ』

佐原「この古びた洋館か……、『いかにも』って感じだな……」


根岸「間違いないですね。先輩、ここです。この洋館が、依頼のあった現場です」


佐原「月も出てない夜、おあつらえ向きだな。――さてさて、魔物ハンターさんの、お出ましですよ、っと」


根岸「お仕事お仕事」


佐原「根岸」


根岸「なんですか先輩」


佐原「ドアを開けてくれ」


根岸「あ、はい。すぐに……」


佐原「……ドアが軋む音……。『いかにも』って感じだな……」


根岸「記録ではそう古い建物でもないようです。おそらく、魔物が住み着いたことによって建物自体に歪みが生じているのでしょう」


佐原「目撃証言は?」


根岸「近隣住民から得た情報ですと、数ヶ月前からコウモリが増えたらしく……」


佐原「バンパイア、か。……洋館といい、『いかにも』って感じだな」


根岸「ええ、おそらくバンパイアでしょうね。増えましたね最近。――先輩、ドア開きました」


佐原「さてじゃあ、入るとするか」


根岸「お仕事お仕事」


佐原「……ふむ」


根岸「わー」


佐原「……中は真っ暗か……。『いかにも』って感じだな……」


根岸「今日は月も出ていませんし、魔物には好都合かもしれませんね。これは気を付けないと……」


佐原「根岸」


根岸「なんですか先輩」


佐原「先に行ってくれ」


根岸「偵察と斥候ですね。サポートは任せてください先輩」


佐原「……根岸」


根岸「なんですか先輩」


佐原「一人にしないでくれ。『いかにも』すぎる」


根岸「えぇ……」


佐原「まぢ暗い。なにこれ怖い。『いかにも』だわー」


根岸「偵察しに行けないじゃないですか」


佐原「今日真っ暗じゃん。月も出てないし、雨降りそうだし、傘持ってきてないんだよ今日。もう帰ろう? あたし怖い」


根岸「しかし依頼が。いやしがみつかないでください」


佐原「……そうだなー、依頼がなー……」


根岸「そうですよ、明日のおまんまのために、お仕事ですよ先輩」


佐原「むしろ根岸、お前怖くないの? 真っ暗だよ?」


根岸「まあ、ライトは持ってきてますから、これでなんとか」


佐原「えー」


根岸「えー、って言われても。ほら、行きますよ先輩」


佐原「……仕方ないか」


根岸「そうそう、お仕事ですからね」


佐原「根岸」


根岸「なんですか先輩」


佐原「明るいトークで場を盛り上げてくれ」


根岸「この場で!? 魔物に気づかれちゃいますよ!?」


佐原「どうせ館に入った時点で気づかれてるんだ、そこは問題ない。むしろ今、怖くておしっこ漏らしちゃいそうなことのほうが問題だ。早くしろ」


根岸「カッコつけたままものすごくカッコ悪いこと言ってる!」


佐原「アンモニア臭がし始めたら、それが合図だ」


根岸「なんの!?」


佐原「さっさと終わらせて帰ろう」


根岸「そうですね、漏らしちゃう前に……」


佐原「しかし、廊下も階段も、何もかも暗いな……。ゾンビゲーかよ……。『いかにも』が過ぎるぞ……」


根岸「あー、ゾンビは嫌ですね……、死臭というか、臭いが苦手で……」


佐原「おい」


根岸「なんですか先輩」


佐原「ゾンビとか、怖い話をするんじゃない。ちょっと出ちゃっただろ」


根岸「床に水たまりが! 盛大にやらかしてる! ゾンビ言いだしたの先輩なのに! 仕事前にトイレくらい行っといてくださいよ!」


佐原「無理。ゾンビとかまぢ無理。放尿しょ」


根岸「先輩ゾンビ退治そのものは平気なのに」


佐原「言葉にしたら怖いだろ!」


根岸「難儀な……」


佐原「はっ! 根岸ぃ!」


根岸「え? はっ!? もしかして吸血鬼が出たんですか!?」


佐原「どこかからアンモニア臭がするぞ! ゾンビもいるかもしれん! 気をつけろ!」


根岸「……」


佐原「銃を構えろ根岸! 死にたいのか!」


根岸「あ、はい……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……来ないな。気のせいだったか」


根岸「アンモニア臭そのものは気のせいではないような……」


佐原「進むか。どうせ吸血鬼は『いかにも』って感じの奥の部屋か、地下室かのどっちかだろう」


根岸「まあ定番ですね」


佐原「根岸」


根岸「なんですか先輩」


佐原「なにか軽快なトークで場を温めてくれ」


根岸「先輩それ、いつも言いますけど仕事中にやることじゃないと思いますよ」


佐原「どうせ仕事するなら楽しく仕事したいだろう?」


根岸「前後の流れを無視するならばまあ、そのセリフそのものには同意しますけど」


佐原「軽快じゃないトークでもなんでもいいから。真っ暗で黙ってると怖い。怖いと世界の全てが敵に見えてくる。実はそこにいる根岸も本物じゃないんじゃないか。実はもう魔物の幻惑によって俺は……」


根岸「こっちに銃口向けないでくださいよ! ――なんでもいいんですか?」


佐原「いいぞ、怖い話以外でな。いいか、くれぐれも怖い話だけはヤメろよ」


根岸「携帯PHS11桁ー、ウサギの耳も11桁ー、ってCM、覚えてます?」


佐原「あったなそんなの。かなり前だろ。ウサギがギター弾いてるやつ」


根岸「最近、マイナンバーの――」


佐原「怖い!」


根岸「え!?」


佐原「耳の本数が11桁だと!? なにそれ怖い!」


根岸「え、いや、あれ?」


佐原「ほぼ耳じゃん!」


根岸「えぇ……」


佐原「千手観音ですら、腕の数4桁だぞ!?」


根岸「11桁……、100億本……」


佐原「ほぼ耳じゃん!」


根岸「ほぼ耳ですね……」


佐原「怖い!」


根岸「アンモニア臭が強くなった!」


佐原「根岸お前、気をつけろって言っただろ? わかってるのか? 遊びじゃないんだぞこれは。俺の膀胱にも限界ってもんがあるんだ」


根岸「膀胱の限界ハードルが低い」


佐原「他には?」


根岸「え?」


佐原「他にはないのか、怖くないやつ。なんかこう、ほっこりして弛緩しておしっこ漏らしちゃうようなあったけぇ話」


根岸「どっちみち漏らすんですか。もうちょっと頑張ってくださいよ先輩の膀胱」


佐原「不思議と何故だかもう既にあったけぇ」


根岸「……そうですね不思議ですね。――というか、先輩そんな膀胱でよく魔物ハンターやろうと思いましたね」


佐原「魔物自体は怖くないからな。ゾンビとかおばけとか、ぼんやり言葉にされるとそれはもう怖い」


根岸「向いてるんだか向いてないんだか」


佐原「根岸は、怖いのは平気のようだな」


根岸「ええまあ、自分は先輩がおしっこ漏らすのを見るのが好きですから……」


佐原「え……、怖っ! なにその性急なカミングアウト!? え? え? 怖っ!?」


根岸「あ、勘違いしないでくださいよ。先輩が好きなわけじゃないですから」


佐原「余計怖いよ! おしっこ有りきかよ!」


根岸「男は誰しも心に魔物を飼っているんですよ」


佐原「ほぼ変態じゃん!」


根岸「ほぼ変態ですね!」


……


バンパイア「我が眠りを妨げし、館で騒ぐ者共よ……、その罪を汝の血で洗い流す覚悟はあるか。――って、えぇ……、びしょびしょだし臭っ!」


根岸「先輩のおしっこが好きだ! ゾンビ! おばけ!」


佐原「ひいぃぃ!」


根岸「いいですよ先輩! セクシーです! ――あ、先輩! バンパイアですよ! 引き金引いて引いて!」


佐原「えぇ……、ほんとなにこの後輩……」


根岸「先輩、引いてる場合じゃないですよ! 引くのは引き金!」


バンパイア「誰がおしっこで洗い流せって言ったよ……」


根岸「あー、バンパイアも引いてる」




閉幕

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