Ne.11『つまり、これはもう儲かるビジョンしか見えないわけだな』

佐原『ビジネスチャァ~ンス!』


根岸「突然テレビ電話してきたと思ったら、アタックチャンスみたいだな」


佐原『まあ似たようなもんだよ。とにかくチャンス』


根岸「世の中はそこそこピンチだぞ今。ウイルス危機だ」


佐原『そうかもしれん。だがピンチはチャンスだよ』


根岸「まあ、誰かのピンチは誰かのチャンスではあろう」


佐原『というわけで、流行りに便乗してこのお店を建てたわけだよ!』


根岸「……うん」


佐原『見てくれ、俺の店だ!』


根岸「うん。画面に収まりきってない。というか画面の8割が佐原の顔だ」


佐原『あれー。――テレビ電話はむづかしいなぁ……、こっち?』


根岸「ドアップで犬のうんこをこっちに見せてくるのをヤメろ」


佐原『こうか!――』


根岸「切れた……、なんなんだあいつ」


佐原「♪~」


根岸「はいはい」


佐原「切るなよ!」


根岸「直接来るなよ! なんだよすぐそこなのかよ!」


佐原「というわけで見に来くるんだ! すぐそこだからウイルスも大丈夫!」


根岸「距離とウイルスは関係ないと思うんだが」


佐原「大丈夫、できたばっかりだから、綺麗だから! 当店は衛生面に気を使っております」


根岸「犬のうんこが店の前に落ちてるぞ」


佐原「というわけで、まずこれだ」


根岸「というわけで、これがお前の店か」


佐原「うむ、流行を取り入れた最先端の商売だ」


根岸「俺の目と、お前の頭とどっちがおかしいんだコレ」


佐原「なにがだ。――俺のタピオカマスク屋がどうしたっていうんだ」


根岸「混ぜんなよ」


佐原「ぷるぷるもちもちのマスクが、ウイルスを防ぎます。あと若い子に人気」


根岸「意味がわからん」


佐原「やれやれ、これだからビジネス素人は」


根岸「俺がおかしいみたいな」


佐原「クリーニング屋も隣に併設されているんだ!」


根岸「サラリーマンが『絶対儲かるから副業でいいすよ』って勧められるやつじゃないか。流行ったのちょっと前だろ」


佐原「まだまだビジネスチャンス!」


根岸「タピオカクリーニング……」


佐原「ぷるぷるもちもちのタピオカが、あなたの衣類を真っ白に!」


根岸「なんでも混ぜるなよ……」


佐原「なんでもじゃない、タピオカと混ぜているんだ」


根岸「タピオカと混ぜんなよ……」


佐原「ミルクティーと、タピオカを混ぜた店があんなに流行るんだぞ!」


根岸「そのブームだって何回目かだろ」


佐原「クリーニングとタピオカを混ぜた店が流行らないわけがない!」


根岸「自信の根拠が知りたいんだが」


佐原「あたらしい」


根岸「……」


佐原「あたらしい」


根岸「……」


佐原「あたらしい」


根岸「……うん、わかった。そうだなあたらしいな」


佐原「マスククリーニング屋も作った」


根岸「クリーニング屋の横にクリーニング屋建てたのかよ。――いやタピオカクリーニングはそもそもクリーニング屋なのか微妙だけども」


佐原「この辺一帯はだいたい俺の店だ」


根岸「えぇ……」


佐原「根岸の住んでるアパートを除いて、だいたい俺の店になった」


根岸「えぇぇ……、ほんとだ、わけのわからない店が立ち並んでいる……」


佐原「マスククリーニングもビジネスチャンス。なかなかの自信作だ」


根岸「全部に自信あるじゃん」


佐原「そりゃそうだ、自信がないことはやらないからな」


根岸「まあ、マスククリーニングは、少なくとも今は需要あるかもな」


佐原「マスクであなたの衣類をピッカピカにします」


根岸「マスク不足を考えればまあ――」


佐原「あとあっちの店は――」


根岸「待て」


佐原「なんだ」


根岸「マスク『で』って言ったか?」


佐原「マスクであなたの衣類をピッカピカにします」


根岸「言ってる」


佐原「なんだね」


根岸「マスク『を』洗浄して滅菌してくれたりとか、そういうことじゃないのか?」


佐原「マスクで洗浄して滅菌するよ」


根岸「なにそれ」


佐原「マスクは滅菌処理されてるだろ? 清潔だろ?」


根岸「うんまあ、新品ならそうだな」


佐原「そのマスクと一緒に洗うことで、滅菌効果や洗浄効果が得られるんだよ」


根岸「初耳だよ」


佐原「お湯と水を混ぜると、温度が均一になるだろ、あれと同じ理論を使っている。つまり科学的に滅菌状態と非滅菌状態の均一性を保持しようとする効果を得られるわけだ」


根岸「ん……、んん?」


佐原「まあ素人にはわからないかもな」


根岸「いやうん、なんか詐欺の現場を目撃した気分だわ」


佐原「ふふ、この佐原ショッピングタウンで俺は億万長者になるんだ」


根岸「……マジで店がほとんど新しくなってる」


佐原「すごいだろ」


根岸「すごいのはすごいんだけどさ」


佐原「なにか」


根岸「お前、マスク屋とクリーニング屋とタピオカ屋ばっかりじゃないか」


佐原「流行ってるからな」


根岸「これだけのことしたら、すごいお金かかったろ」


佐原「大丈夫」


根岸「大丈夫なのか」


佐原「現象は科学的に均一で平均な状態を保持しようとするという研究結果が海外の科学誌で取り上げられていてな」


根岸「あー、うん?」


佐原「つまり、今貧乏になっただろ俺は?」


根岸「うん。なったのか。そりゃそうか、これだけのことしたら」


佐原「借金まみれなわけだろ?」


根岸「借金まみれなのか」


佐原「でも、神の見えざる手みたいなのが、『貧乏』と『金持ち』の平均値に持っていこうとするわけだよ。つまり、これはもう儲かるビジョンしか見えないわけだな」


根岸「貧乏と金持ちの平均値に持っていかれるのか」


佐原「そうそう、だからガッポガッポですよ!」


根岸「それ全ての人の資産が同じになってない現状を見るに破綻してない?」


佐原「ああ聞こえない!」


根岸「聞けよ。っていうかそれ仮にうまくいって儲かっても、元の水準に戻るだけの理論じゃないか?」


佐原「沈んだら浮かび上がるんだよ!」


根岸「ギャンブラーみたいなこと言い出した。――っていうか『水面まで』しか浮かび上がらないだろそれって」


佐原「俺は飛ぶんだぁ!」


根岸「飛ぶのか」


佐原「借金で……」


根岸「おぉぅ……」



閉幕

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る