Ne.10『死んだので、ここからあなたは好きな来世を選ぶことができます』
佐原「あなたは死にました」
根岸「唐突だなぁ」
佐原「死んだので、ここからあなたは好きな来世を選ぶことができます」
根岸「……なるほど?」
佐原「前方にいくつかのドアがありますね?」
根岸「あるね」
佐原「あれが全て、あなたの来世です」
根岸「ふぅん」
佐原「あのドアをくぐった瞬間、あなたの記憶も人格もリセットされ、新しい物語が始まるのです」
根岸「……なるほど?」
佐原「どうぞ、ゆっくり考えて、ゆっくりお選びになってください」
根岸「ふうん」
佐原「ゆっくりしていってね!」
根岸「あ、はい」
佐原「どれを選ぶかはあなた次第。どの物語でも、あなたは主人公です」
根岸「でも、俺じゃなくなるんでしょ?」
佐原「それはもう、来世でまで自分でいたくないでしょう?」
根岸「まあ、ねぇ」
佐原「それで自殺したんだし」
根岸「ああ、知ってるんだ」
佐原「それはもう」
根岸「来世ねぇ……」
佐原「ちょっと覗いてみますか?」
根岸「ああ、見られるのか。じゃあ見てみるよ」
佐原「たとえばこれ、毎日鉱山で鉱石を掘って、家に帰ってきて寝て、小麦を育ててパンを作って、パンを食べたらまた鉱山に行く毎日を過ごす来世」
根岸「牧場物語かよ」
佐原「お気に召さない? だってあなた、ゲームの中でこういうことしてたでしょう?」
根岸「いやまあ、してたけどさ」
佐原「でも自分がやるのは嫌だと。――じゃあ、こちらはどうです?」
根岸「これは、また割と牧歌的な世界だな」
佐原「毎日木の実をとったり、釣りをしたり、悠々自適な生活を送る来世」
根岸「ふむ」
佐原「で、少しずつ借金を返します。村人たちは人間ではありませんが割と楽しい日々が――」
根岸「借金生活だ……」
佐原「でもあなた、ゲームの中でこういう生活してたでしょ? たぬきに借金返し続けてたでしょ?」
根岸「いやまあ、してたけどさ」
佐原「でも自分がやるのは嫌だと。――じゃあこちらはどうです?」
根岸「なんとなくパターンは見えてきたぞ」
佐原「ぼくくんが夏休みを延々と繰り返します」
根岸「うん、わかった。――とりあえず、あれだ」
佐原「なんです?」
根岸「来世っぽくない」
佐原「そうですか?」
根岸「既にそれなりに成長した状態からスタートしてるじゃないか」
佐原「ああ、最初からがお望みで、じゃあこちら」
根岸「……魚」
佐原「人面魚の一生です」
根岸「今の子知らないでしょこのゲーム」
佐原「割と画期的だったと思うんですけどね。ドリキャスは時代の先を行き過ぎました。今スマホアプリとかにしたらじわーっと人気出そうじゃないですか?」
根岸「いや、というか、全部ゲームじゃん。来世ってそういうものなの?」
佐原「それがですねぇ……」
根岸「なに?」
佐原「来世にもデジタル化の波が来ちゃったんですよこれが」
根岸「……デジタル化?」
佐原「テレビがアナログからデジタルになったでしょ? あれです」
根岸「すごいピンとこない」
佐原「まあ来たんですよ、デジタル化の波が。お上主導で進んだもんだから、現場はばったばたでして……」
根岸「どこも大変なんだな……」
佐原「これまでのアナログ来世であれば、またアナログな世界へと輪廻転生っぽい感じでそれっぽく行けたんですけどね」
根岸「説明がふわふわしてるな」
佐原「まあ、詳細に伝えてもおそらく理解できないと思いますので」
根岸「なるほど?」
佐原「とにかく、デジタル化が進められた結果、来世の開発がまだ進んでないんです」
根岸「なるほど?」
佐原「で、とりあえずそれっぽいデータを見繕って置いておいたのが、現状です」
根岸「それが牧場物語と、どう森と、ぼく夏……」
佐原「あと無双ゲーとかもありますよ。モブになれます」
根岸「わーわー吹っ飛ばされるやつか」
佐原「人気武将は魂の容量の都合でなかなかなれないんですよ。将棋ゲーの駒とかよりはだいぶマシかと」
根岸「ああ、それよりはマシかも……」
佐原「いまのところ、あなたの進める来世はこの4つですけど、どうします?」
根岸「え、この4つしか選択肢ないの!?」
佐原「ええ、この4つだけです」
根岸「クソゲーじゃん!」
佐原「そりゃあなた、前の人生の終わりが自殺ですもん。それでいて素敵な来世に行こうなんて虫が良すぎますよ」
根岸「そういうもんなのか……」
佐原「徳を積むって言うでしょ、あれなにげに大事なんですよ?」
根岸「死ぬ前に言ってよそういうのは」
佐原「前の人生が始まる前の担当が、説明したと思うんですけどねぇ」
根岸「うわー、覚えてないわー」
佐原「まあ、来世に行ったらリセットされますしね」
根岸「この4つて……」
佐原「孤独な奴隷労働牧場、たぬき借金地獄、夏休み永久ループ、すぐ死ぬモブ無双」
根岸「なんて選択肢だ……」
佐原「あともう一つドアは、あるにはあります」
根岸「どれ」
佐原「これです」
根岸「小さいドアだな」
佐原「これは、前の人生と同じ世界です」
根岸「前と同じ世界で生まれ変わるのか」
佐原「ええ、虫に」
根岸「虫に……」
佐原「どうしますか?」
根岸「……」
佐原「強制奴隷労働の日々か、返しても返しても終わらない借金生活か、繰り返す同じ人間関係と逃げ出せない箱庭か、無意味な死か、虫か」
根岸「うーん」
佐原「ちなみに虫は、お金にも困らず、好きな仕事ができて、奥さんも子供もできて、仕事も成功し部下がたくさんできて、みんなの笑顔に包まれて、惜しまれながら死ねます」
根岸「虫が良すぎる」
佐原「虫が良すぎますね」
閉幕
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