Ne.7『ほら撫でていいよ、撫でろよおらあ!』

佐原「飼育員のお兄さん、質問があります。ヤマアラシとして」


根岸「はいはい、どうしたんだいヤマアラシの佐原くん。―――ちょっと、あんまり近づくのは、トゲが怖い」


佐原「そう、それなのです!」


根岸「どれですか」


佐原「お兄さんは、ヤマアラシのジレンマというものをご存知でしょうか!」


根岸「ええと、トゲトゲした針のせいで寒いのに寄り添って温め合うことができない、みたいなやつかな?」


佐原「そうそれ! それなのです!」


根岸「うんうん、それがどうしたのかな?」


佐原「ここ、寒くない!」


根岸「……そうだね、ここは室内だし、エアコンついてるからね。キミたちが過ごしやすいように、そうしているんだよ」


佐原「つまり、ジレンマは発生しないのです。ヤマアラシなのに!」


根岸「そうだね、でも無いなら無いでいいんじゃないかな? 大変そうだよ?」


佐原「ヤマアラシなのにジレンマに悩まされないというジレンマを抱えてしまったのです!」


根岸「そうかぁ」


佐原「そこでお兄さんに相談が……、ちょっと耳を……」


根岸「痛い痛い痛い、ちょ、内緒話は無理がある! 針が刺さる!」


佐原「むむぅ」


根岸「近づきたいけど近づけないのは、ジレンマじゃないのかな」


佐原「いえ、これはお兄さんがめんどくさい人なだけです」


根岸「ひどい言われようだ」


佐原「何しろ僕自身はまったく痛くない! お兄さんが痛かろうが知ったことか!」


根岸「言い切った」


佐原「つまりこれはジレンマでもなんでもないのです。しかし、僕はヤマアラシなのにジレンマを抱えていない、これがジレンマなのです」


根岸「性格の問題じゃないかな……」


佐原「誰がネガティブハリネズミ野郎ですか! 死ね!」


根岸「言ってないし、ハリネズミじゃないよね。ヤマアラシだよね」


佐原「意中の女の子にアタックするのだって大変なんですよ! トゲトゲで!」


根岸「……相手を思いやる気持ちはあるのか」


佐原「ありません。相手が傷つこうが知ったことか!」


根岸「言い切った。なんてヤツだ」


佐原「でも僕が傷つくのは嫌なんです! 主にメンタル面!」


根岸「ただ臆病なだけなのか」


佐原「そこで、ジレンマは置いといて、お兄さんに聞きたいのです」


根岸「何、異性との付き合い方?」


佐原「そんな残酷なこと聞きませんよ。お兄さんに聞きたいのは、ひとりで生きていけるメンタルのつくり方です!」


根岸「……なんて失礼なヤマアラシか」


佐原「お兄さんのことは大嫌いだけど、これはお兄さんに聞くのが一番だしなあ、っていうジレンマが発生しましたが、乗り越えました!」


根岸「さらりとショッキングな発言が。聞きたくなかった」


佐原「というわけで、ソロライフをエンジョイするまではいかなくても、やがて訪れる孤独死を見据えた諦めの境地に達するためのあれやこれをご教授願いたいのです!」


根岸「……」


佐原「さあ!」


根岸「ネコを飼う」


佐原「はーっ!?」


根岸「なんてリアクションだ」


佐原「アホですかお兄さん! そんなのヤマアラシの僕にどうしろって? ネコ? 捕食されるわ!」


根岸「捕食されないためのトゲなんじゃないのか」


佐原「あいつらマジもう狩りの天才ですからね、針なんてあいつらにとっちゃキムチの中に入ってる魚介類程度の存在ですよ!」


根岸「例えがよくわからない上に、キミはキムチを食べたことないだろう」


佐原「飼育員のお姉さんがたまにくれます」


根岸「……マジか」


佐原「生まれ変わったらキムチになるんだ! キムチ大好き! キムチくれるお姉さん好き! キムチくれないお兄さんは5回くらい死ね!」


根岸「口の悪いヤマアラシだなぁ……」


佐原「ソロライフの助言でも役に立たないとか、お兄さんは役立たずですね」


根岸「踏み潰してやろうかこの生き物」


佐原「へへーん、僕には針があるからね、そんな攻撃ききませーん! 飼育員のお兄さんには立場もあるから、そんなことできないのも知ってまーす! このネコ以下が!」


根岸「……飯抜きにしてやろうか」


佐原「想定済みさ、そのために僕は巣穴にキムチを隠してるんだ! 三日は生きられる!」


根岸「通りでキムチ臭いと思ったよこの部屋!」


佐原「パラダイスじゃないですか。僕も含め、この部屋のヤマアラシはみんなキムチのトリコなんですよ!」


根岸「割と飼育員として問題だろ……、こっそりキムチあげるとか……」


佐原「あ! しまった! いやいやもらってないもらってない、キムチとかもらってないです!」


根岸「じゃあこの部屋のキムチ臭はなんなんだ」


佐原「自作してます! 僕たちはキムチを作る技術を体系化し、子々孫々受け継いでいるのです!」


根岸「ほんとならすごいヤマアラシだわ……」


佐原「でしょー、すごいんですよヤマアラシ」


根岸「……ちょっとミーティングであげてみるわ。塩分量とか割と問題だろう」


佐原「ああっ、お姉さんがピンチ! ピンチだ! 待って、なんでもするから待って! ほら撫でていいよ、撫でろよおらあ! おらおらあ!」


根岸「痛い痛い痛い!」


佐原「死ね! このまま僕の針で死ぬぇー!」


根岸「とにかく口が悪い!」


佐原「ヤマアラシですから! みんなこういう性格なんです! お兄さんは死ね!」


根岸「……みんなこんな性格なのかヤマアラシ……」


佐原「トゲトゲしてるんだ!」


根岸「……」


佐原「トゲトゲしてるんだ!」


根岸「……トゲトゲしてる、って言葉のニュアンスを超えてる気がする」


佐原「トゲトゲしてるのに、トゲトゲしてない?」


根岸「ああ、まあ、うん。トゲトゲしてるというよりは、直接攻撃されてるし」


佐原「これは……、ジレンマだ! やった、僕にもついにヤマアラシのジレンマが!」


根岸「いやこれはジレンマとは違うだろう」


佐原「死ぬぇー!」


根岸「痛い痛い痛い!」


佐原「トゲトゲがあるのにトゲトゲしてない、これはジレンマです!」


根岸「ジレンマじゃなくて矛盾だと思うんだけど……」


佐原「死ぬぇー!」


根岸「痛い痛い痛い!」




閉幕

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