Ne.3『大きな作戦を行う時は私にちゃんと報告するのだ』

佐原「おはようございます!」


根岸「おはようございます!」


佐原「うむ、よろしい。商売もビジネスも、基本は笑顔と挨拶だ。それらの基本があってこそ、我々も顧客の、世の中も良くしてゆける組織となる」


根岸「はい」


佐原「違う違う、首領への返事は、はっ!だ、元気よくね」


根岸「はっ! 失礼いたしました!」


佐原「うむ。では今日も、明るく笑顔で働こう!」


根岸「ははーっ!」


佐原「違う違う」


根岸「はっ?」


佐原「ははーっ! は時代劇みたいになっちゃうから違う。気をつけて」


根岸「はっ!」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……さて、では先日までの報告を聞こうではないか」


根岸「―――」


佐原「どうした、将軍」


根岸「あ、いえ、ひとつ、疑問がありまして」


佐原「どうした?」


根岸「先ほどの、三方よしの考えなのですが」


佐原「うむ、我々と顧客が満足するのはもちろん、その仕事、業務によって世の中に貢献してゆくことこそが企業組織の正しい姿だ。もちろん我々も例外ではない」


根岸「それなんですが」


佐原「うむ」


根岸「悪の組織ですよね? 我々」


佐原「そうだよ?」


根岸「ですよね」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「それが?」


根岸「あ、ああ……、えっと、いえ……」


佐原「悪事によって世の中を良くするのだ!」


根岸「むむ……、むぅ?」


佐原「―――うちの戦闘員の掛け声があるだろう?」


根岸「イー! というやつですね、ショッカー的な」


佐原「将軍、貴様がそんなことでどうする!」


根岸「え……?」


佐原「うちの戦闘員の掛け声は、『良い!』だ」


根岸「えぇ……」


佐原「世の中を良くしてゆこう、という意気込みと、自分や同僚を褒めることで良い循環を作り出すための掛け声だ」


根岸「そうだったんですか……」


佐原「まあ戦闘員はそれしか喋れないように改造されてるんだけど」


根岸「えぇ……」


佐原「では今日も悪事で世の中を良くしてゆこう!」


根岸「これが矛盾してるように思える……」


佐原「……ゲロウンコ将軍」


根岸「……」


佐原「ゲロウンコ将軍」


根岸「え、それ私の名前なんですか!」


佐原「ほかにいないだろう! ゲロとウンコの合体怪人だ!」


根岸「名前ひどいな!」


佐原「首領である私に、組織の運営方針について意見するつもりかね」


根岸「あ……。 はっ! 出過ぎた真似をいたしました!」


佐原「よろしい」


根岸「……悪いことで、世の中はよくなるんだろうか……」


佐原「元気がないぞ将軍!」


根岸「あ、は―――。はっ!」


佐原「合言葉は、『良い!』」


根岸「良い!」


佐原「……では聞こうか。作戦の首尾はどうなっている?」


根岸「はっ!」


佐原「世界征服こそ我らが悲願、そのためには……」


根岸「はっ! どんな手段を用いましても」


佐原「うむ」


根岸「食い逃げ、無賃乗車、クレーム攻撃、列への割り込み、ブログの炎上、今月も様々な悪事を―――」


佐原「ちょっと待って」


根岸「はっ!」


佐原「なんか悪事しょぼくない?」


根岸「悪事にしょぼいもしょぼくないもありません!」


佐原「……そう、かなぁ? もっとこう、世の中を混沌とさせるような……」


根岸「困る人がいれば、それが我らのエネルギー」


佐原「うむ、そうだね」


根岸「個人のストレスはやがて社会の混乱へ、社会の混乱は世界征服へとつながります!」


佐原「うん、正しい。正しいんだけど、規模がね?」


根岸「あまり大きなことをやると、ヒーローが出てきます」


佐原「いるのか……」


根岸「います。以前、地球に月をぶつける作戦を実行しようとしたときに―――」


佐原「まって」


根岸「はっ!」


佐原「その作戦、私聞いてないぞ」


根岸「成功しましたら報告しようかと」


佐原「ほう・れん・そう! 知ってる!?」


根岸「鉄分が豊富」


佐原「報告連絡相談! 将軍、大きな作戦を行う時は私にちゃんと報告するのだ!」


根岸「はっ! 以後気をつけます!」


佐原「うむ、もう一度だけチャンスをやろう」


根岸「ありがたき幸せ!」


佐原「ところで、さっきの月を地球にぶつける作戦なんだが」


根岸「はい、惜しいところでヒーローに止められました」


佐原「あのね、悪事じゃないからそれ」


根岸「悪事に悪事も悪事じゃないもありません!」


佐原「なんだその日本語。―――将軍、我々のエネルギーはなんだね」


根岸「人々のストレスです」


佐原「月を地球にぶつけたらどうなる?」


根岸「みんな死にます! 死という最大限のストレスを与えるのです!」


佐原「違う、違うぞ将軍」


根岸「違いましたでしょうか」


佐原「組織というものはだね、その存続も考えなければならないんだ」


根岸「といいますと」


佐原「一発稼いで、はい終了。なんてことでは、世の中はよくならない」


根岸「ふむ」


佐原「我々も、顧客も、世の中も良くしてゆく循環を作り、維持してゆくことで、末永くみんなが良くなっていくのだよ。―――わかるかね」


根岸「……なるほど」


佐原「だから、規模は小さすぎず大きすぎず。末永くストレスを搾り取れるようなアイデアが理想的だ。もちろん、小さな悪事も大事だ。先ほどの将軍の悪事も悪くはないぞ」


根岸「私は、悪事に小さいも大きいもないと思っていました」


佐原「うむ」


根岸「目からウロコが落ちた気分です」


佐原「うむうむ」


根岸「さしあたりまして、現在実行中の作戦、いかがいたしましょう」


佐原「何かまたデカイ作戦を……?」


根岸「いえ、大きい作戦かどうかは私にはわかりかねますが」


佐原「うん」


根岸「地球真っ二つ作戦を」


佐原「でけー。規模がでけー」


根岸「いかがしましょう」


佐原「あまり困っていないようだが将軍、その作戦、成功したら君も死ぬのだぞ?」


根岸「え!?」


佐原「え、じゃない。君も私も、みんな死ぬ」


根岸「そんな!」


佐原「合体怪人にするときに脳が馬鹿になっちゃったのかな……」


根岸「どうしましょう、このままではみんな死んでしまいます!」


佐原「止まらないのかね」


根岸「うちの戦闘員の中で、一番腕っ節の強い奴を向かわせましたので……、もう誰にも……」


佐原「どういう作戦なのだね」


根岸「地球を、コツンと」


佐原「すると、パカンと?」


根岸「はい」


佐原「アラレちゃんかよ」


根岸「ああ! もう作戦時刻に! ―――3、2、1……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……何も、起きないか」


根岸「あ、部下から報告の電話が!」


佐原「ほう、なんと?」


根岸「『良い!』と」




閉幕

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る