Ne.2『マグカップを食うな!』

根岸「鑑識はまだ来ないか。―――さて、窓もドアも内側から鍵がかかっていた部屋で、死体がひとつ。―――これは……」


佐原「密室殺人とあらば僕を呼んでくれなきゃ困りますよ警部」


根岸「き、キミは誰だ!」


佐原「おやおや、密室殺人だというのに僕をご存知ない? そう、僕こそが密室殺人の現場に現れた輝く一番星! 佐原!」


根岸「一番星……。第一発見者かね」


佐原「あ、そういう一番星じゃありません。カリスマ的なところでの一番星です。むしろ僕が来たことにより、この事件は幕を閉じます。そういう意味では、最後の一番星です」


根岸「最後の一番星……?」


佐原「この事件最後の登場人物、そう、それが僕さ」


根岸「私立探偵か何かかね」


佐原「肩書きなどない! 佐原だ!」


根岸「一般人じゃないか……」


佐原「ですがね警部、僕が来たからには、密室殺人なんてあっという間に解決ですよ。跡形もなく」


根岸「私は警部補だよ、佐原くん」


佐原「そんなこと、俺が知るか!」


根岸「なんだこいつ……」


佐原「とにかく、僕にまかせて! 密室殺人どんとこい! さあ、状況説明を!」


根岸「えぇ……」


佐原「さあさあ! はやく! 早くしないと迷宮入りだよ!」


根岸「なんでだよ……、まあいい、凶器はこの中華包丁……アレ?」


佐原「ないじゃないですか」


根岸「いや、さっきまで死体と一緒にそこに……アレ? 中華包丁は……」


佐原「中華包丁……中華包丁……はて、どこかで」


根岸「おーい、誰か凶器の包丁知らないかー」


佐原「はっ! そうか!」


根岸「お、何か閃いたのか一般人」


佐原「いえ、さっき私が食べたんです! 凶器だと思わなくて!」


根岸「……」


佐原「ぺろりと」


根岸「……え? 食べたの?」


佐原「小腹がすいてたので、つい!」


根岸「え、何? なんで包丁食べちゃったの?」


佐原「ですから、小腹がすいてたのでつい」


根岸「ガッちゃんなの?」


佐原「佐原です!」


根岸「あ、うん……」


佐原「ところで被害者というのは―――」


根岸「え、ああ、キミが食べた包丁で背中をザクリと―――アレ?」


佐原「え」


根岸「死体が無い」


佐原「え、もしかして背中がぱっくり割れたこの美味しくないのが被害者だったんですか」


根岸「おおおおお! 食べるんじゃない!」


佐原「小腹がすいてたのでつい」


根岸「ちょっと待って、待って、キミ、何?」


佐原「佐原です!」


根岸「凶器も被害者も食べちゃったじゃん!」


佐原「ところで警部」


根岸「警部補」


佐原「密室のトリックというのは、多くは我々の盲点をついてくるものです」


根岸「死体も凶器もなくなっちゃったコレは、殺人事件としてはもう扱えないんじゃないかな……」


佐原「たとえば、そう、この部屋にはドアが無い!」


根岸「ないわけないだろう、鍵がかかって―――」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「ドアがなあああああああい! 食べるな! 食べるなよぉ! 密室でもなくなっちゃったじゃんかよぉ!」


佐原「そう、この事件、そもそも密室ではなかったのです、これがミソです」


根岸「なんで? なんで食べちゃうの!?」


佐原「あ、これです。自家製の味噌。これで食べます。つけて食べるとなんでも美味しいんですよ」


根岸「おぉ……もう……、なんだこいつ……、話きかねぇし……」


佐原「むむ! 警部、これは!」


根岸「ああ……ただの失踪事件になってしまった……」


佐原「血痕がこんなところに! これはただの失踪事件じゃありませんよ警部!」


根岸「うん、順序がめちゃくちゃだけど、そうだよ、失踪事件じゃなかったんだよ」


佐原「事件の匂いがしますね」


根岸「味噌の匂いがするよ」


佐原「警部! 真面目にやってください! 人がひとり消えてるんですよ!」


根岸「なんで俺が怒られてるの……? 消したのお前だよね? ねぇ」


佐原「このコーヒー、まだほのかに暖かい……」


根岸「ちょっとそれっぽいことを今更始めるんじゃない。っていうか飲むな。―――マグカップを食うな!」


佐原「被害者も、犯人も、まだ近くにいるかもしれません」


根岸「被害者はお前の腹の中だよ……」


佐原「!」


根岸「何、今度は何」


佐原「犯人は、この中にいる!」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……ここ!」


根岸「……犯人もお前の腹の中なの?」


佐原「実は、ここに来るまでにめぼしいヤツをあらかた食べておきました」


根岸「……」


佐原「同じような青い服を来て、皆マスクをした怪しい集団でした。組織だった犯行である可能性が高いと思います」


根岸「……青い服、マスク……」


佐原「変な道具を持っていました。これは怪しい」


根岸「鑑識の人たちだそれ!」


佐原「犯人はこの中にいる!」


根岸「鑑識がいつまでも来ないわけだ……」


佐原「なあに、鑑識なんて必要ありませんよ。こんな事件、僕にかかればきれいさっぱり片付きますって」


根岸「死体も凶器も密室もきれいさっぱりだよ」


佐原「しかし、犯人はまだ捕まっていない」


根岸「そうだね、そのヒントになりそうなものがもう……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……えぇ……」


佐原「何もない部屋ですね」


根岸「うん、だから、なんで食べちゃうんだよ……」


佐原「味噌で食べます。おいしいですよ?」


根岸「ただの何もない部屋になっちゃったじゃん……。部屋にあったものがもう、何も……」


佐原「小腹がすいたのでつい」


根岸「なにこの事件……、というかこいつの存在が事件だよ……」


佐原「……」


根岸「あー、ドアも、窓も、部屋の中の物も、何も無い……」


佐原「……」


根岸「いつの間にか一緒に来てた刑事たちもいなくなってるし」


佐原「……」


根岸「……いま、わかったよ」


佐原「……」


根岸「キミが、この事件最後の登場人物だという言葉の意味」


佐原「……」


根岸「私に塗られている、味噌が、その答えだ」




閉幕

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