会話シチュエーションコント『サハネギ』101~
サハネギの人
Ne.1『生卵を馬鹿にするからだ!』
根岸「……」
佐原「夢でも、幻でもない……」
根岸「……」
佐原「ましてキミが寝ぼけているわけでもなければ、脳がアレなわけでもない」
根岸「……」
佐原「そう、これは現実。まぎれもないひとつの事象、現象として存在するのだ」
根岸「……」
佐原「わかったかね? そこのところ」
根岸「なんで……」
佐原「うん、疑問は受けつけよう」
根岸「なんで俺は、朝から生卵に説教されてるんですかね」
佐原「いい質問だ! それはキミが現実を受け入れないからだ。わかってもらうにはこうするしかなかった」
根岸「他にも、方法ないですかね……」
佐原「全裸ハイソックスで正座説教以外に、方法があったとでも?」
根岸「たぶん、いろいろあったと思う……」
佐原「まあいい、わかったようだから服を着なさい」
根岸「ハイソックスなんてどこから出てきたんだ……」
佐原「そこはほら、卵だからな、私は」
根岸「全然わからん」
佐原「コラー!」
根岸「うわあまた怒られた……」
佐原「脱げ!」
根岸「今着たばっかり……あ、いや、ハイソックスは脱いだばっかりなのに……」
佐原「そして正座! 今度はこれもつけなさい」
根岸「ネコミミ……。だからどこから出てくるんだこの妙なアイテムは……」
佐原「私は、卵である。これがどういうことかわかるかね」
根岸「……わかりません。あなたが卵なのは見た目でわかります」
佐原「そう、私は昨日キミが買ってきた生卵だ」
根岸「なんで……喋るんですか……」
佐原「それは……」
根岸「それは?」
佐原「卵だからだ!」
根岸「話が進まない……」
佐原「コラー!」
根岸「いやだって、わからんものはわからないですよ……、なんで卵だから喋るんですか。……6個入りパックだから、残りの5個も喋るんですか……」
佐原「キミには、卵の声が聞こえないのか!?」
根岸「いや聞こえてます。コラーって言われました」
佐原「私は特別だ」
根岸「でしょうね」
佐原「これをつけなさい」
根岸「メガネ……。これで全裸ネコミミハイソメガネだ……」
佐原「うむうむ」
根岸「三十過ぎた男にこの仕打ちは、キツイ……」
佐原「見ているほうもキツイ」
根岸「じゃあやめましょうよ……、絵ヅラ的にも」
佐原「それはそれとして」
根岸「ああ、このまま放置されるんだ……」
佐原「卵は完全栄養食である」
根岸「はい」
佐原「だからだ!」
根岸「なにがだ……」
佐原「だから、こうして喋ることができる。完全だからな!」
根岸「残り5個の卵は……?」
佐原「あいつらは不完全!」
根岸「もう矛盾した……。不完全栄養食じゃないですか……」
佐原「完全栄養食で完全な私は、なんでもできるのだ。あいつらとは違う」
根岸「どこかからネコミミとか取り出したりできるのも……」
佐原「もちろん、完全だからだ! すべての卵は内部で異次元と通じている」
根岸「すごいな完全栄養食……」
佐原「卵だからな!」
根岸「卵すげぇ……」
佐原「まあ、ようやく私のすごさがわかったようだね。よろしい、服を着なさい」
根岸「寒かった……。足だけ暖かかったけど……」
佐原「さて、完璧な私の次なる目標は……」
根岸「あの……」
佐原「なんだね」
根岸「なんでもできるなら残りの5個を喋るようにしてやることもできるんじゃ……」
佐原「コラー!」
根岸「怒鳴らないでくださいよびっくりするから……」
佐原「それはできないんだ」
根岸「完全なのに?」
佐原「完全でも、できないことがある。たとえばそう……、高いところが苦手だ」
根岸「……」
佐原「……」
根岸「机の上から、降りれないのか……」
佐原「割れそうで怖い」
根岸「なんで登ったんだ……」
佐原「完全であるが故に、高いところも克服しなければならない」
根岸「ああ、志の問題なのか……」
佐原「たかいところこわーい」
根岸「じゃあ声が大きいだけの生卵じゃないか……」
佐原「あ、こら、誰が正座をやめていいと、コラー!」
根岸「降りられないんでしょ? よっ―――」
佐原「たかいところちょーこわい」
根岸「足が……しびれた……」
佐原「ふっはははざまあみろ! 生卵を馬鹿にするからだ!」
根岸「ああ……、なんて休日だ……」
佐原「キミの背を使えばっ、とぉっ!」
根岸「あ!」
佐原「ふ、こうして降りることなど容易いのだよ。完全な私の前では、机の高さなど赤子同然」
根岸「……」
佐原「なんだね」
根岸「着地の衝撃で割れてるぞ」
佐原「おぉのぅ……」
根岸「白身が……」
佐原「わー中身出ちゃう中身出ちゃう! わーわー!」
根岸「完全なのに、自分の怪我?もなおせないのか」
佐原「そうだ、私は完全! 完全栄養食なのだ! だから殻なんてなくても大丈夫なのだ! パリーン!」
根岸「そっち? 割れっ……!」
佐原「ひろがるー! 中身がひろがるー!」
根岸「……」
佐原「完全な私でも、重力には逆らえない! おのれ重力!」
根岸「あぁ……、……なんて休日だ……」
佐原「コラー!」
根岸「生卵に怒られてる……」
佐原「たすけろー!」
根岸「えぇ……」
佐原「ちなみにこのコラー!というのは卵にコラーゲンがたくさん含まれてるよ、という意味もかねているのだ! アミノ酸万歳!」
根岸「そう……」
佐原「このままだと床がピチピチのぷるぷるになってしまう!」
根岸「床に落ちた生卵ってどうやって掃除するんだろう……」
佐原「……落ち着け……、私は完全、私は完全……」
根岸「生卵が自己暗示してる……」
佐原「そう、私は完全なのだ。卵だからな」
根岸「落ち着いたのか」
佐原「フライパンと、カセットコンロを出します」
根岸「なんか出てきた」
佐原「火をつけます」
根岸「自分を調理し始めた……」
佐原「完成! 半熟卵! これで安心」
根岸「安心なのか……?」
佐原「そう、守るもののないむき出しの心。それは人を強くする」
根岸「半熟なのになんか悟ったらしい。人じゃないぞ、卵だぞ」
佐原「殻という、卵の殻を脱ぎ捨てることで、完全栄養食である私は、さらなる完全を手に入れたのだ」
根岸「殻がなくても完全栄養食なのか……」
佐原「殻は元々食べないだろう」
根岸「じゃあ最初の状態は不完全じゃないか」
佐原「不完全じゃない、余計な部分もあるだけだ。それに気付けなかった殻の付いて頃の私は、まだまだ未熟だった」
根岸「じゃあやっぱり不完全だったんじゃないか」
佐原「その状態になってみないとわからないことってあるだろう?」
根岸「えぇ……」
佐原「殻を脱いでみないとわからないこともある。今のキミのように、自分の新しい趣味に気づくこともある」
根岸「……いやいやいや」
佐原「裸で生卵に罵倒される趣味なんて、なかなかないぞ、レアものだ!」
根岸「レアなのはお前だ……」
佐原「二つの意味でな!」
閉幕
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