11-3 青春
真っ赤なスポーツカーの中は、とにかく静かだった。
「なんかしゃべったらどうなの、あなた達」
運転しながら、呆れたように言うミオコ。チハルも同感だった。アズサもレンも乗っているのに、一言も話さないなんておかしい。
けれど、話し始められない理由もあった。
隣に座る、レンの様子をうかがう。座席にぐったりともたれかかったまま、ピクリとも動かない。今日も、あまり調子良くないのかな。無理に話しかけて、苦しめるわけにはいかなかった。
レンの状態を知ったのは、つい最近のこと。お見舞いというより暇つぶしに、病室を訪ねた時だった。
ちょうど病室に行きつくと、奥側の扉からミオコが出てきた。はじめは、ただ様子を見に来たのかなと思った。けれどすれ違いざま、思い悩むように沈んだ顔をしているのに気が付く。
どうしたんだろうと声をかけると、ミオコは一瞬ためらいながらも、感情を発露して告げた。
「レンに伝えたのよ、右肺の全摘出手術をしたことを」
「肺を摘出⁈大丈夫なんですか」
「命の危険は、とりあえずないそうよ。あの子は発見されたとき既に、両肺の機能がかなり衰えていたの。瘴気のせいでね。左は少しずつ回復していったのだけれど、右の損傷が激しくてね。申し訳ないけれど、命を救うためならって手術を認めたわ。
あれだけ長く当たっていたら、何かしらの障害が残ることはもう仕方がない。レンも分かってくれたわ。けどあんなに悲しい顔をされたら、私、耐えきれなくて」
顔をしかめながら、ため息をつくミオコ。しかし唇を噛むと、話を続けた。
「リハビリさえ続ければ、元通りってのは厳しいけれど、さして支障をきたすことなく生活できるみたい。レンも積極的に取り組みたいって言っていたし。チハルが気にすることはないわ」
「でも、そんなにひどいなら―」
その時、病室の扉が開いた。
「あのさ、思いっきり聞こえてるんだけど」
扉を手で押さえながら、レンが凛とした表情で立っている。
「さっきから、悲劇の少年みたいに俺のこと言うけど、別に何ともないんだぜ。あんまり気にされると、むしろ重荷って感じ」
しかしそう言った直後、右胸を押さえて呻く。座り込むと同時に、こわばった手が壁を滑り落ちてしまう。
「何が気にするなだよ。心配にならないわけ、ないじゃないか」
駆け寄って背中をさすりながら、感情のままに叱りつける。もう無理はしないでと、あれだけ言ったのに。
レンが、息を整えながら説明する。
「わりぃ。体力に自信はあったし、何もないような気がしてたんだけどな。歩いただけでこんなって、想像できるわけないだろ?」
驚きと失望を隠しきれない様子で、共感を求めるようにチハルを見あげた。
少し話しただけで、少し体を動かしただけで、今のようにうずくまってしまうことに気づいたレン。そして、ことあるごとに現れる症状が、なくなることはない。レンは苦しんでいる、どうしようもない現在と未来に。
そう思うと見るに堪えなくなって、無言で目をそらしてしまう。仮にちゃんと向き合っていたとしても、かける言葉など、始めからありはしなかった。
「チハル」
「あっ、どうかした?」
唐突に声をかけられ、意識が現実に引き戻される。
「いつまでこっち見てんだよ。なんか用か」
「ううん、別に」
違うよ、レン。君が言ったことを考えていたんだ。
あの後ベッドまで肩を貸した時、彼はふと漏らしたのだ。
「俺は変わっちまった。もう、一人じゃ生きられない」
顔をしかめていたのは決して、息苦しさだけが原因じゃないだろう。
確かに、僕たちは変わり果ててしまった。けれど、ずっと変わらないものあるはずだ。例えば美しい景色やそれに感動する気持ち、友達の笑い声……
チハルはミオコに頼み込んで、今回の外出許可をもらった。めまぐるしく変わりゆく世界でも、不変なことは在り続けている。そう伝えたかった。いや、誰のためでもなく、僕自身が安心したかっただけなのかもしれない。
チハルは静かに、窓の外を眺め続けていた。
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