11-2 青春
勢いよくドアを開け放つ。白いパイプベッドの枕元に、ミオコが座っていた。
「チハル、気が付いたのね」
ふり返った瞬間に、満面の笑みを浮かべるミオコ。立ち上がってこちらに来るが、感動の対面もそこそこに、チハルはレンの傍らに立って話しかけた。
「レン。僕は生きて、皆の世界に戻ってきたよ。レンは、一人で死ぬつもりなのか。本当に、それが正しいのか」
酸素吸入器を押し込まれたまま、蒼白な顔色で固く目を閉じている。もはや、死人のようだった。胸が痛む。
「もっとよく考えてほしい。それだけ、言いたかったんだ」
しかし直後、いやそうじゃないと漏らしながら、ベッドの柵を握りしめるチハル。心の中に、まだ言いたいことを秘めていた。本当なら、言うべきじゃないんだろう。けど言わなければ、このまま死んでしまうような気がした。
「正直な話、仮にレンが本気で死にたがっているとしても、そんなの受け入れたくないよ。何が何でも、戻ってきて。でなきゃ僕が、悲しすぎてつらい」
理想と現実は違う。イエスとノーだけで判断できることは、この世界にはあまりにも少ない。複雑に絡み合った感情と欲求の中で、僕たちは生きていた。
「レン?」
ミオコが、横から顔を出してつぶやく。その視線につられて、チハルものぞき込んだ。
まぶたが、少しだけ震えている。起きようとしているのかっ。
「気付いて、こっちを見て!」
アズサが反対側にまわって身を乗り出す。すると、ゆっくりと澄んだ瞳が見えてきた。
彼女を見つめるうちに、意識がはっきりしたらしく、レンはふっとはにかんで言う。
「泣きそうな顔すんなよ。らしくもねぇ」
「だって……!」
感極まって、それ以上言えなくなるアズサ。そのまま気が抜けてしまったのか、ぺたんと座り込んでしまう。
少しだけ申し訳なさそうに、眉をひそめるレン。心配をかけたことを気にしているのだろう。相変わらず、お人好しだなと思う。
「ねえ、あの時レンは―」
「うん?」
顔を傾け、無垢な視線を向けるレン。しかしそれは、チハルの目を見た途端に凍り付いた。
「どうしたんだ、その目」
「え?」
充血でもしてるのかな?
とっさにそう思ったけれど、レンの驚愕する表情が、もっと重大なことであることを告げていた。
身をひるがえすと、病室の片隅にある洗面台に手をつく。水垢のついた鏡には―
「汚染獣の、目……」
黄緑と青を混ぜたような、見覚えのある色。初めて対峙したノラネコの汚染獣と、まるで同じだった。
「どうしてっ」
動揺するチハルに歩み寄り、そっと肩に手を置いたのはミオコだった。
「後でゆっくり説明しようと思ったのだけれど、すぐに言うべきだったわ」
一つ息を吸って、重い口を開く。
「予想通り、汚染獣であるがために、その色になってしまったの。チハルが原液を抱えて飛び出した時、シンクロ率が100%に達したのは覚えているわよね。もちろんほんの一瞬のことで、光子爆弾が爆発した時には下がっていたけれど、それでも―あなたがヴァロシャイムという、巨大な体と力を手に入れたのは確かなの」
巨大な体と力。原液を体内に取り込んだ僕。二つが一つになったとき初めて―。
「巨大型汚染獣の誕生、ですか」
少なくとも、頭の中では理解した。
「そうよ。ヴァロと一体化した時だけ、変化してしまうと考えられるみたい。ヴァロとチハルをかけ合わせることで初めて、巨大型汚染獣になる条件を満たせるってことだから」
「じゃあこれは」
目を指して言う。
「反動、かな。少なくとも一度は、汚染獣になったわけだし。でも変色しているだけで、日常生活に支障はまったくないわ。容姿だけだから、安心して」
ミオコはニコッと笑うと、肩をたたいて立ち去った。
チハルはうつむく。巨大型汚染獣になった事実と、その反動で変色した目。また一つ、怪物に近づいてしまったような気がした。
受け止め切れはしないけれど、元に戻ることもできないけれど、不思議と後悔はしていなかった。今生きているなら、レンとアズサが救えたなら、それでいい。というより、そう思うしかないのだ。過去の過ちで思い悩むのではなく、過ちをを知った上で、後悔しないように生きるのだ。
後ろを振り返る。半身を起こしたレンと、赤らんだ目でこちらを見るアズサ。ミオコも同じところに座り直して、優しい目を向けている。こんな自分でも受け入れてくれる、温かさがにじみ出ていた。
チハルは、穏やかな空気に包まれている、皆の輪の中に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます