11-1 青春

生きろ。

レンの声が、聞こえた。

どこにいるんだ。

上も下もない空間の中で、必死に姿を探す。そして見つけた。

彼は、ジーンズのポケットに手を突っ込み、涼やかに立っていた。

生きろ。それが、あんたの望みだろう。

そうだよ。だからいかなきゃ、皆のいるところに。レンも早く。

水のように絡みつく大気を、かき分けながら手を伸べる。

なのに彼は、微笑んだまま動こうとしない。

どうしたの、一緒に行こうよ。

眉をひそめるチハルに対して、レンは淡々と告げた。

たぶん俺、死んじゃうからさ。もう戻れないんだ。

どういうこと。意味、分かんないよ。

意味って、そのままだよ。ま、気にしないで。チハルは生きられるみたいだから。

えっ。

レンが言った途端、右の方からまばゆい光が差し込んだ。そしてなぜか、どんどん吸い寄せられてしまう。レンの姿が、遠く霞んでしまう。

どうなってるんだ、やめろっ。

それでも、吸い寄せる勢いは強くなるばかり。

待って、離れていかないで。

チハルの哀願が、伝わるわけが無かった。

せめて手を伸ばして。レン、レン!

「!」

チハルはガバッと身を起こした。目の前にあるクリーム色の壁を、まっすぐに見つめる。そこにレンが、いるはずもないのに。

何もできず呆然としていると、唐突に病室のドアが開いた。

「チ、チハル……」

アズサが、泣きそうな顔で立っていた。そして、

「うわっ」

駆け寄ってくるや否や、チハルは力いっぱいに抱きしめられた。アズサがどれだけ心配していたか、伝わってくるようだった。腕や足に、黄ばんだ包帯が巻かれている。あまり痛くはないけれど、見た目がみすぼらしいのは確かだった。これほどに心配するのも、無理はない。

「アズサ、無事だったんだ。よかったよ」

チハルはそう、安堵のため息をこぼすしかなかった。

「無事も何も。皆に比べたら、私なんかなんてことないよ。ほんとに、心配したんだからね」

「ごめん。無理しすぎたよ」

ぐすん、と鼻をすするアズサ。申し訳なくなってくる。

しかし。

「レン、そうだレンは……」

ようやくアズサが離れると、うつむきながら言う。

「まだ、眠ってるの。だから私一人だけが、生き残ったんじゃないかと思ってて」

「生きてるんだよね。死んだりなんか、してないよね」

 念を押すチハル。

「もちろんだよ。生死の境を彷徨いながら、って感じらしいんだけど」

たぶん俺、死んじゃうからさ。

ひょうひょうとした声を思い出した。死のうとしているのか。いやまさか、夢の話だろうに。二つの思いがせめぎあう。けれどあの空間には、確かにレンがいたような気がしてならないのだ。

「会いに行ける?」

チハルはアズサに尋ねた。三度、話さなければならないことがある。伝わらなくてもいい。せめて、僕の思いを受け止めてほしかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る