10‐4 ヒューマン

ポイントⅩの最上階までよじ登って、白い塔から飛び出す。土をえぐり、石を跳ね上げながら、怒涛の勢いで山を駆け下りた。

もっと早く……!

「ヴァロ三号機のシンクロ率、上昇中」

「75%を突破。かなりの勢いで上がり続けています」

「どうして?第二改装版なのに」

ミオコが狼狽えてつぶやく。カオリも、身を乗り出して叫んだ。

「チハル君、落ち着きなさい。このままじゃ、あなたが危険な状態に―」

「僕がどうなったってかまわない!レンとアズサと僕自身の望みを、叶えられるならっ」

動きがスムーズになって、さらに加速する三号機。もう、やけくそだった。

山をくだり切り、地上に足がついた。急激なシンクロ率上昇で、体のあちこちが痛む。

僕の身体とヴァロシャイムとが、強制的に一体化しているんだ。まさに一心同体となっていく……

「83、86、89%。すごい上がり幅です!」

 ラストスパート。山の麓を沿うように、僕らの街に戻っていく。

「光子爆弾、発射」

「F地区の反射光源鏡、出します」

「E地区、同時展開」

「チハル君。反射光源鏡を踏み台にして、飛び上がって」

「了解」

言っている間にも、目前にせり上がってくる全面鏡張りの摩天楼。瘴気の霧が、太陽を覆い隠すようになってから造られた設備だ。この巨大な鏡に日光を反射させることで、増大した光を行き渡らせる。各地区に置かれており、街中の光源を補っていた。

軽く体を持ち上げると、反射光源鏡を踏みしめて飛び上がる。ぐんぐん伸びる建物の上向きの力に乗って、思った以上に跳ね上がった。大丈夫だ、ちゃんと飛べる。

しかし、次の反射光源鏡に降り立った途端、

「うッ」

心臓に鋭い痛みが走った。

「シンクロ率、90%を突破」

「まずいですよ。このままだと、シンクロのカットすらできなくなる可能性が」

職員からの勧告が、次々と流れてくる。だがチハルはすでに、聞く耳を持たなかった。

「B地区、設置完了」

「A地区、いつでも出せます」

「三号機を、持ち上げるイメージで合わせて。光子爆弾は?」

「予測通りの軌道を、たどっています」

「よし、いけるっ」

ミオコが、小さくガッツポーズした。

B地区の反射光源鏡に足をかける。あと、少し。

なのに、突如として妙に脱力し、足がもつれる。そのまま、なす術もなく膝をついた。

「シンクロ率、98%」

白けた視界、絹を裂くような耳鳴り―もう、限界なのだろうか。

仰ぎ見れば、はるか上空の光子爆弾。真っ青な空に似合わず、鈍い光を放っていた。まるで無謀な挑戦をしたチハルを、嘲笑うかのように。

まだ、終わっていない。

なぜだか急に、ふつふつと熱い感情が湧き上がってきた。これは怒りだ。自分自身に対しての怒りだ。また途中で投げ出すのか。お前の新たな信念は、こんなにも浅はかなのか。

チハルは、激しくかぶりを振った。

「逃げるなんて、もう嫌だから……!」

バッと勢い良く立ち上がると、体をひねり、今来た道を戻る。間に合う保証なんてない。いや、間に合うかどうかなんて、関係なかった。

自分は、生きようとしている。この世に貪欲なまでにしがみつき、今この瞬間を生きている。チハルは、信念を叶えるために走っていた。大義名分に聞こえるかもしれないけれど、決意をもって前進できることに、確かな喜びを感じていた。

F地区の反射光源鏡に、再びたどり着く三号機。そして、力いっぱい建物を蹴り出した。

だが、その刹那。

目の前に、無数の光が散った。思わず目を閉じる。しかし光は残像となって、色濃く残り続けていた。

絶句する職員の声が、聞こえてくる。

「シンクロ率、100%……」

完全なるシンクロ。ヴァロとの一体化。

僕は、ヴァロシャイムになったんだ―

限界を超越すると、今度は一気に視界が鮮明になった。斜め上に、光子爆弾を捉える。わずかでも掠りさえすれば、爆弾本体の推進力で、かなりの衝撃を与えられるはずだ。

右手を握り締め、腕を引く。やれることはやった。あとは、祈るだけ。

「届けーっ‼」

天に向かって、拳を振り上げる。

硬い金属音。そして、

「薄暮(サラカント)!」

チハルが短く言うのと、街に大きな爆発音が轟くのが、同時だった。

操縦室のハッチを開けるより前に、ものすごい炎と熱風が押し寄せてくる。

熱い、痛い、まぶしい。そうやって、崩れ落ちるヴァロと共に、虚空に放り出された。

薄れゆく意識の中で、ふと考える。

何はともあれ、作戦は成功した。レンやアズサは報われたし、僕もかろうじて生きている―少なくとも、この瞬間は。

「これで、いいんだ……」

力尽きたチハルは、潤む目をそっと閉じた。

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