10‐3 ヒューマン

右手のハッチをこじ開けて、原液を取り込んでいくヴァロ三号機。ここにはパイロット生命維持のための、巨大な酸素タンクがある。原液で埋めてしまったら、もちろん操縦室に瘴気が流れてきてしまう。けれど他に、外から何かを取り込める設備を、チハルは知らなかった。

ガスマスクをつける。ほんの少しなら、すごい濃度の瘴気にも耐えられるだろう。推測ではなく、賭けのような思い込みなのだが。

何はともあれ、用意はできた。あとは、神のみぞ知るところ。

「どう動けばいいですか」

すぐにアナウンスが聞こえた。

「光子爆弾の軌道予測を出します」

フロントガラスの新たな画面に、二つの線が描かれる。緑が光子爆弾、青がヴァロ三号機。青い線は、山すそを周回するように助走した後、飛び上がって緑の線とぶつかった。同時に、赤い文字が点滅する。

BREAK AND EXTINCTION(壊れ、消えてなくなる)―恐ろしい、言葉だった。

「スタートの合図を」と言いたかったのに、怖気ついてしまって言い出せなくなる。暇乞いでも、しようというのだろうか。自然に、レンの名前を呼んでいた。

「レン。僕……」

「信念って、変えられるのかな」

「えっ?」

「親のために生きるとか、考えてみればバカらしくてさ。そうすることで、何になるんだろう。結局、何のために守ってきたんだろう、俺」

自分の話なんて吹き飛んだ。レンらしからぬことを、確かに漏らしている。

「死ぬとか生きるとか、もうどうでもいい。早く、楽になりたい」

声を震わせるレン。きっと、泣いている。心の中で、悲鳴を上げている。

「死んじゃうなんて悲しすぎるよっ。生きて、待っててよ!」

そんなこと、言えるわけがなかった。はかり知れない苦しみと、恐怖と、おぞましいほどの闇を抱えて、問いかけているのだ。

「信念って、変えられるのかな」

繰り返す言葉に、必死になって答えを探す。

「自分らしくあろうと考え尽くせば、きっとできるよ」

「……そう、か」

 長い沈黙が流れる。

「レン?」

もちろん応答はない。気絶、だろうか。

楽になりたい。

掠れ引きつった声が、心の中で渦巻いている。

死なないで。生き抜いて。

リピートされる分だけ、心の中でつぶやいた。

「合図をくださいっ」

絶対に、死なせないから。本人の思いとは違うかもしれないけど、冷静に考えたわけでもないことを、実行させない。「干渉するな」なんて馬鹿げたこと、言わせない。

「光子爆弾、発射準備。ヴァロ三号機、スタート!」

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