10‐1 ヒューマン

なのに。

「チハル君、本気なの。今まではあんなに―」

「司令官!」

ミオコが詰め寄る。

「どうして受け入れようとしないんですか。チハルたちパイロットは、道具だからですか。

私はプリーシンクトの一員として、パイロットを戦いの世界に閉じ込めてきました。けれど彼らは、その中でも人として生きようと思いあぐね、もがいているんです。私はその思いに応えたくて、できる限り寛容してきたつもりです。人の上に立っているからこそ、人としての情を、捨てたくはなかった……」

ミオコは、過去を思い出すように視線を落とした後、真剣なまなざしを向けて訴える。

「聞かせてください。カオリ司令官は、人ではないのですか。慈悲と庇護の心を持った、美しい人間ではないのですか」

カオリは、近くのキャスター椅子に座りこむと、頭を抱えて歯を食いしばった。あからさまに、激情をにじませている。

「間違ってることぐらい、はじめから知っているわ。残酷と言われても、仕方がないことをしてきた。本当は、したくなんかなかったのに!」

スチールデスクを拳でたたくカオリ。隠してきた激情は、怒りと後悔の念だった。

「私は管理職の―あなたの言葉を借りれば、人の上に立っている―人間なの。プリーシンクトの職員だけでなく、全世界の人たちの命もかかっている。私たちの両肩に、ずっしりとね。

だから時には、人が持つべき情を捨てねばならないこともある。自分の望みで、チハル君一人の望みで、作戦を中止にするわけにはいかないわ。どうしてもよ」

自分に言い聞かせるように、念を押すカオリ。

「そう、ですよね。分かりました」

そういったのは、ミオコではなかった。

「カオリさんの言うことは、悔しいけれど正論です。僕の判断は、まだ見ぬ世界中の人たちにつながっている。だから、僕の命は僕だけのものじゃなくて、生きようにも生きられないし、死のうにも死ねなかった。そのことが、ようやく分かりました」

モニターの隅で、チハルは穏やかに微笑んでいた。まるで、悟りを開いたかのように。次に出る言葉は、安易に想像できた。

「ミオコさん、作戦は実行しますよ。どうすればいいんですか」

身を乗り出して、訴えるミオコ。

「悲観的にならないで。チハルはチハルとして、生きることもできるはずよ。それでも、死を選ぶの?」

チハルはかぶりを振った。

「別に、死のうって言うんじゃないんです。人のために自分を犠牲にするのは、もう嫌ですから。ちょっと、聞いてもらえますか」


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