9‐3 生と死

「チハル」

「あ、ミオコさんっ。音声を消すなんて、どうしたんですか」

チハルは、何かのトラブルが原因ではないことを願った。早く作戦を終わらせたいのだ。

なんたってレンやアズサが待っている。作戦終了の時を、それぞれに戦いながら待っている。早く助けてあげたいんだ。

ミオコが切り出した話は願い通り、問題発生の報告ではなかった。しかしもっと、突拍子もないものだった。

「チハルは、魔力の三法則を知っているわね。発見した人物も」

「いきなりなんですか。ええと、科学者の夫婦でしたよね。覚えてます」

「では彼らの名前は?」

「……知りません」

「キョウコとケイタ。キョウコは私の元同僚だったから、少し詳しい事まで知っているわ。でも二人が、本名で呼ばれることはなかった」

「じゃあ、どうやって呼ばれてたんですか」

「マッド・サイエンティスト」

「え?」

「その名の通り、狂った科学者よ。彼らを現すのに、一番ふさわしい言葉ね、残念ながら。

二人とも強い探求心をもって研究を重ねた結果、とても大きな成果を上げた。けど裏返せば、好奇心に突き動かされるまま突き進む、貪欲な狂人となったのよ。

それでも確かな才能はあったから、プリーシンクトでは優遇されたわ。当時はかなり問題視されていたけど、結局うやむやのままに終わった。今思えばそうやって、だれも邪魔できない環境を作ってしまったことが、狂人をさらに暴走させた要因だったのかもしれないわね。

その後彼らは、汚染獣の性質について研究し始めた。ポイントⅩの原液を飲み込むことで汚染獣は発生する。でも巨大型と魔力増大型という種別が、いつどこで変わるのかまでは、分からなかったの。

そこで実験台にしたのは、自分たちの子供よ。物心もついてもいない、小さな子を使ったの。

とてもじゃないけど、そんな恐ろし事考えられない。きっと二人にとっては、身近にあった生物、生命体でしかなかったんでしょうね。ったく、想像したくもないわ」

毛嫌いするように吐き捨てる。情の深いミオコらしく、怒りをあらわにしていた。冷静になろうと、一つ息をついて続ける。

「実験は単純よ。回収された汚染獣の血液から、原液の成分を取り出して飲ませた。つまり、分かるわよね」

「人工的に、汚染獣を作り出したってことですよね。人間の汚染獣を」

話すだけで虫唾が走る。罪のない子供を、怪物にしてしまうなんて……

「酷い。そんなの人がすることじゃないですよ」

思わず、口からこぼれ出た。ミオコは「そうよね」と同情しながらも、淡々と続きを話す。いや、冷静になろうとしながら続けた。

「実験は成功。子供は魔力増大型汚染獣となって、生き延びた。実験の結論として、高い知能を持つ生物のみが魔力増大型になるとも、明らかになった」

「その子は、どうなったんですかっ。もしかして、汚染獣として処理されたんじゃ……」

「奇跡的に自我を保てていたから、それはまぬがれたわ。そして、それはあなたのことなの、チハル」

「は……?」

口をあんぐりと開けたまま、固まってしまう。

「いきなりそんなこと言われても、意味が分かりませんよ」

「そのままだわ。あなたの亡くなった両親は、マッド・サイエンティスト。チハルは、実の親に人工的に作られたヒト型汚染獣。

並外れたシンクロ率をたたき出せたのは、魔力増大型汚染獣になったためよ。強大な魔力を持っていたんだわ。しかも、キョウコがケイタと一緒に事故で亡くなったと連絡が来た時期が、チハルが言った時期と一致している。間違いのない、真実だと証明されたの。

酷い現実よ。けれど、受け止めてほしい」

……何言ってるんですか、ミオコさん。

分からない。一つ一つの言葉が、理解できない。長々と語られる理解不明な言語は呪詛のようだ。果てしなく続く、闇へと続いている。

こんな時は、母さんや父さんのことを思い出すんだ。とある日のこと。木漏れ日を浴びて、つつましく歩く二人。揺らめく白妙の背中を、後ろから見つめている。

後ろから?

なぜ、家族の輪の中に入っていないんだ。二人はとても楽しそうなのになぜ、僕だけが入っていないんだ。

遠い記憶に、亀裂が入る。四方八方から、食い荒らされる。

やめろ、やめろっ、やめろ!

僕の大切な記憶を穢すな。僕の家族は、幸せな家族だった。おかしなところなんか何一つない、普通の家族だった。怪物も狂人も、そんなのいない!

チハルは、頭を押さえて喚き続けた。それはまさに、アイデンティティの崩壊だった。理想化していたすべてが破壊され、泥沼に葬られる。

僕たちは、幸せな家族だった。両親は狂人、子供は怪物。僕たちは、幸せな家族だった。両親は狂人、子供は怪物。僕たちは……

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