9‐2 生と死

「え、殉死って」

突如として頭蓋に飛び込んできた言葉に、情報処理が追い付かない。それでも頭の片隅で理解した。

僕は、死ななきゃいけないんだ……

「そうよ。作戦が成功させるために、必要なことなの。

光子爆弾っていうのは、爆発の際、強烈な光を放つ大砲のこと。つまり原液を処理するためだけの道具よ」

「だったらみんなが避難した後、普通に打ち込めばいいじゃないですか」

「それじゃあ駄目だわ。ピンポイントで当てられるほど、爆撃機の性能はよくないもの。プリーシンクトは研究施設であって、軍事施設じゃない。

だから人の手で、爆破させるの。今チハル君のところに、光子爆弾を持ってこさせてる。もっと早く持ってこれば一番良いのだけれど、外装が脆くしてあるからね。汚染獣と戦っている最中に爆発しては、元も子ないでしょう」

外装を脆くした。その言葉は、僕が叩き壊して爆破させろ、原液を除染するために自爆しろ、という意味なのか。

手先がすっと冷えて、震え出す。

カオリさんは、司令部は、プリーシンクトは、そんな残酷なことを、させようとしているのか。

けれど僕は、確かに死にたいと言った。今でも死にたいと思っている。その感情に付け込んで、作戦を実行させる気なんだ。

怒りや反抗心が、胸の中で渦巻いた。けれど戦術の鮮やかさに、感嘆している気持ちの方が大きかった。ずっと第一線で戦わないようにしたのも、ここまで無事に連れてくるためだろうか。

「で、カオリさんは僕に、死ねというんですね」

「結果的には、そうなるわね」

「結果的にって、僕のすべてを知った上で、綿密な戦略を立てただけでしょ」

カオリは何も言わなかった。いや、言えなかった。

少しの間があって再び、

「作戦に変更はないわ。後はチハル君がうなずくのを、待つだけよ」

「別にいいですよ、死ねるなら死にます」

どんな思惑があろうとも、死にたいことに変わりはない。どんなに悲惨な最期であろうとも、死なねばならないことに変わりはない。

正直、怖い。けれど、腹は据えていた。


「待ってくださいっ」

通信を切り、立ち上がるミオコ。モニターの光だけがこぼれる薄暗い管制塔に、彼女の必死な声が響き渡った。

「やっぱり私、耐えられません。何も知らずに死んでいくなんて、あまりに惨すぎる」

カオリはちらりとミオコを見るだけで、呆れたように言う。

「この際だから言うけど、パイロットは道具なのよ。ヴァロを巧みに動かし、制御するためだけの道具。肩入れするなと、言ったはずよ」

「分かっています。だから作戦を止めろとは言いません。道具として利用するしかなかったなら、本人たちが納得している以上、それを咎めることはでないんでしょ。けれど人は人、魂を持つ人間です。だからせめて、チハルにすべてを明かさせてください」

「……仕方ないわね、好きにしなさい。ただし、作戦に支障が出るほど、パイロットを混乱させないように」

「最善を、尽くします」

ミオコはそっと、手元のスイッチをもう一度した。

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