9‐1 生と死

チハルはとにかく走った。管制塔の指示に従いながら、山林を、小川を、草むらを、手足を大きく振って走り抜けた。レンが何を思って、一人で行かせたのかは分からない。けれど何か大きな理由を抱えているのは、はっきりと分かった。だから、走っている。

「チハル君。前方に、白い建物が見えてこないかしら」

「白い……あ、見えます」

「そこがポイントXよ。中に入って」

「はい」

藪をかき分けて進むと、少し開けた土地に出た。目の前に、ツタが絡まった白い塔が建っている。

「ここが、ポイントX―」

プリーシンクトの最終目標。世界をめちゃくちゃにした原点。しかし威圧感など、微塵もなかった。塗装は剥がれ落ち、外回廊は雨風にさらされ錆びついている。どこにでもある廃墟と、なんら変わりはなかった。

「進んで。汚染獣が来る前に、作戦を終わらせたいわ」

割れた玄関扉のガラスを踏み、鉄骨の下をくぐる。天井は崩れ落ち、塔の中心が筒抜けになっていた。上から昼下がりの日が差し込むと、地下まで見通すことができる。

目線を巡らしていると、その地下で光を放つものをとらえた。反射か?

ぎしぎしと軋む階段を、慎重に下りる。管制塔からの指示はなく、カオリもミオコも、静かに事の成り行きを見守っているようだった。

シミのついたコンクリートの床に、足をおろす。真っ先に目に入ったのは、アクリル板でできた、長方形の水槽だった。いくつかのチューブが機材につながっているが、作動している様子はない。ただ青緑色の水が、いっぱいに張られているだけだ。

カオリがはっと息を飲む。

「これが原液、瘴気の原因よ」

「じゃあここから、瘴気が発生するってことですか」

「ええ。こもった太陽熱で水分が蒸発して、大気に広がっていくの。シンプルな仕組みだけれど、日を重ねればどんどん蒸発量は増えるわ」

「塵も積もれば山となる、じゃないけど、そんな感じかな。まあもともと、高濃度の毒素を含んでいるってのもあるけど。ぱっと見は色水みたいだけど、侮らないことね」

「分かってます」

「いい心がけだわ。ではこれより、ポイントX及び原液の処理に移る。光子爆弾、運搬開始」

光子爆弾?なんだ、それは。

思わずぎょっとなった。すごく危険な気がする。おぞましいことが、始まってしまう気がする。

「カオリさん。何を、始めるんですか」

「説明がまだだったわね。できるだけ直前に言いたかったの。きっと、混乱させてしまうと思って―」

「もったいぶらずに、早く話してくださいっ」

カオリは一呼吸おいて、さらりと言った。

「簡単に言えば、あなたに殉死してもらわないといけないの」

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