8‐4 作戦コード000

声を上げるより前に、体当たりされる。体が宙に浮いたと思った直後、勢いよく地面にたたきつけられた。息が詰まり、ジンジンとしびれるような痛みが、背中全体を覆う。

息つく暇もなく、汚染獣がのしかかってきた。慌てて両腕でガードを固めるが、右腕をひっぺはがされ、地に押さえつけられる。そして、

「ぐっ」

右肩の付け根に、激痛が走った。顔をしかめ、歯を食いしばる。見なくてもわかる。獣が鋭い爪を右腕の接続部分に食い込ませ、そのまま引きちったのだろう。

「レンから離れろ!」

チハルが、背後から汚染獣を引きはがした。しかし、新たな敵を発見した汚染獣が、三号機の胸部に醜い爪跡をつける。

それでも、一号機の拘束は解けた。すぐさま立ち上がって、力いっぱい左の拳を、顔面にめり込ませる。汚染獣は、はるか後方に吹っ飛ばされた。

土煙が立つ。その奥は、どうなっているのだろう。じっと眺めていると、警報とともに赤いランプが光った。

「瘴気が侵入しています」

目を離せない時なのに……と思うが、マスクをつけないと命に関わる。

ガスマスクを固定し終わったとき、ようやく影が見えた。ずんぐりとしたフォルムは、微かに揺れている。今回の汚染獣は、かなりしぶとかった。

「クソッ、まだくたばらねぇのか」

こうなったらと、腰のあたりからアンチ魔力スピアーを引き抜く。

さっきの攻撃のせいで、右腕は麻痺したように全く動かなくなった。否応なく、利き手ではない左で構えることになる。

……勝てるだろうか。

「チハル」

「レン、大丈夫なのか」

「問題ないさ。初めて会った時も、片腕がなかっただろう?意外と戦えたりするんだよね、あれでも」

嘘だ。あの時と今回は、敵が、状況が、まるで違う。勝てる保証など、生きて帰れる保証など、どこにもない。

「先に向かってくれ。俺はこいつを片づける」

「でも一人じゃ……」

「大丈夫だ。もともと一人で戦ってきたんだから、心配なんかいらない。早く」 レンの鬼気迫る表情にチハルは、「わ、分かったよ」と、向きを変えて駆け出した。あっという間に、姿が見えなくなる。

そのとたんに、胴震いが始まってしまう。武者震いであってほしいが、今の心境からしてありえないだろう。もう助けてもらえないという事実が、汚染獣の凶悪な眼が、恐怖を駆り立てる。

それでも、アズサを救いたい。なぜならアズサが、好きだからだ。大切な人を失いたくない、一緒にいたい。たとえ自分を犠牲にしてでも、命を、願いを、叶えたい。

レンの切実な思いに共鳴するかのように、汚染獣が唸る。

「チハル。あんたに全部、託したぜ」

遠くを眺めながらつぶやく。そして深く息を吸うと、汚染獣に向かって、突っ込んでいった。

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