5-5 起動実験

立っているのが、しんどくなった。最後の鼓動の後、妙に元気になって壁から離れたが、どうやら無理をしていたらしい。長い時間をかけて空気を吸うと、また長々と吐く。そうするとなんだか、耐えしのげる気がするのだ。

その時だった。前方からさっと光が差し込み、顔を上げる。赤い何かが、シャッターをこじ開けるように入ってきた。

液晶画面が開く。映っているのは、

「アズサっ」

目の前にいる赤い機体は、ヴァロ二号機ルビーだった。中には、むろんアズサがいる。

「チハル。急にお願いしたことだから、時間がないの。つらいかもしれないけど、よく聞いて」

早々に話し始めたのは、チハルが今置かれている現状だった。シンクロしすぎていて、周りの人に迷惑をかけている―

「どうすればいいんだ」

「シンクロを解除する、あるいは待つ。後者は安全策だけど、程遠い時間がかかるの。前者は危険極まりない分、一瞬で解決する。ざっと言えば、生きるか死ぬかを決めろってこと」

画面の中で、アズサが視線を落とす。

「カオリたちは待ってほしいみたいだけど、別に好きなほうを選べばいいんじゃない?だってさ、チハルの命はチハルのもんでしょ。

私だって親元離れてパイロットやってるんだし、自分の命、自由に使って何が悪いのって思う。そんなに死にたいなら、勝手にしちゃってもイイっしょ」

驚いた。死を勧めてくれるなんて、思いもよらなかった。軽い口調のままだが、チハルの気持ちに寄り添ってくれたのが分かる。考えて考えて、考え抜いて出した結論であることが分かる。

じっと真っ直ぐに、チハルを見つめ続けるアズサ。しかし唐突に、吹っ切れたように頭をかきむしる。

「ああ、でもやっぱ悲しすぎるよぉ!私は死んでほしくなんかない。大事な仲間、生きている人間に、死ねなんて言える?無理に決まってんじゃん。

少しだけでいい。もしほんの少しだけでも、生きようという気があるなら、死なないで。お願い。心からの、お願い」

チハルはうつむいた。アズサの言葉を聞いて、感じるものがあったからではない。聞き入ってなお、死を望む自分に気づいたからだった。

申し訳ない。真剣に向き合おうとしてくれたんだよね。アズサも、レンも。けれど僕は、

死ななければならない。

「僕のすべきことは、シンクロのカット。その、ただ一つだけだ」

こんな小さなつぶやきが、漏れたのだろうか。アズサが慌てだす。だがそれも、小さな画面での話に過ぎないのであった。

「薄暮(サラカント)……」

ふっと風が通り抜ける。こんなところで風は起きないのだから、あくまで感覚の話だ。けれど確かに、心臓のど真ん中を突き抜けるようにして、魂をさらっていった。

赤黒い光の中で、チハルは糸が切れるように崩れ落ちた。

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