4-1 抵抗と反感

アズサは悩んでいた。今手にしている情報を、どう扱えばいいのか、思いあぐねていた。

チハルは、死のうとしている。

誰にも見えないような、心の奥深くにある思いだ。しかし確かにある。パイロットになった理由も、同じらしい。

チハルは、死のうとしている。

こんなの能力を持ってしまった以上、人の闇を見ることはしばしばある。しかし、自殺志願とは。対処に困る。本人が望むことと己の正義が、正反対の方を向いているからだ。今後、どう付き合えばいいのか……

「アズサ、珍しく浮かない顔だな。何かあったのか」

さすがは友情に厚いレンである。隣にいる誰かを、よく見ていた。

アズサは視線で、チハルに関することだと示す。次いで「部屋に戻ってから」と口パクで伝えた。

寮に入る曲がり角で、チハルと別れを告げる。いつの間にやら、パイロットの一員になっているが、予定ではまだ希望生に過ぎなかった。本来ならシンクロテストなり講義なり研修なりを、これから受けてパイロットに登録されるのだ。

むろん部屋の準備など、まるで間に合っていない。今日明日ほどは、本人の希望もあり図書室で寝泊まりするらしい。

散らかったもの仕舞い込んで、右側の壁を叩く。これだけで呼べるのが、ボロくさい研究所の寮なのだ。

ほどなくしてレンが来、床にあぐらをかいた。アズサも腰を下ろす。

「で、どうしたんだ。そんなに人に聞かれたくない話なのか」

「そこまでじゃないけど、一応ね。あまりにも、大きな話だなって感じて」

「お前が悩んでるとこなんか、初めて見たよ。なんか、いい気味」

「はあ?何言ってんの」

「だって、いつもへらへらしてやがるからさ。一つのことに気を取られて慎重になるなんて、違和感ありすぎて虫唾が走るぜ。ま、そう思い悩むなってことだ」

言いたかったのはそれか。ほんと、まわりくどい奴。でも話がそれて、気持ちが軽くなってきた気がする。

敏腕だなと、毎度ながら感心してしまった。同時に、気付いたことがある。

この話、レンにしてもいいのだろうか。

研究者であった親の熱意を深く感じて、何があってもヴァロで戦い、生き抜こうとするレン。自ら死を望み、死ぬためにヴァロに乗るチハル。この二人を、対極な二人を、ぶつけても良いのだろうか。

第一何のために、相談を持ち掛けたんだ?

対処を考えるためだ。心を落ち着かせて私自身が安心するためだ。後者はもういい。問題は、前者。

対処を共に考える……その前に互いを傷つけてしまっては、元も子もない。つまりは否、か。

「おーい、さっきから黙り込んでるけどぉ」

「ごめん。あの、呼び出して悪いんだけど、やっぱ何でもないや」

「何でもない?どうしてだよ」

まだ何か言いたげなレンを、無理に立たせて背中を押す。

「わざわざありがとう。もう大丈夫だからねっ」

「さあさあさあ」とせかして、そのまま部屋から追い出すアズサ。困惑した表情を見せるレンだが、これ以上言及されたら、しゃべってしまいそうだった。

バタン、と勢いよくドアを閉める。辺りがさっと静かになり、なんだか妙に気が抜けてしまった。ぼふっとベッドに倒れ込む。

結局のところ、状況は変わっていない。チハルとどう向き合えばいいのか。感情をどう捉えればいいのか。まるで分からない。ただ、チハルに対する抵抗感と、相談できない孤立感が増しただけだ。

みじめな姿だなぁと自覚しながらも、アズサは長々とため息をついた。

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