3‐3 魔力の三法則
あのさ、ともったいぶるようにミオコが言う。
「今日、すごい瞬間に立ち会っちゃったの。聞いてよ」
「ずっと聞いてるぜ」
どうせつまらない話だろうと、適当に返すレン。しかし、
「チハルがヴァロに乗った時、シンクロ率が75%を突破したのよ。初搭乗でこの記録は、信じられないわ」
「75⁈俺でも出したことねぇ」
「凄いじゃん、チハルっ」
アズサも興奮気味だ。
「えっあの、どういう状態なんですか。なにか、いいことなんですか」
「いいどころじゃない、前代未聞の話よ。
ヴァロ司令部の基準で、しっかりシンクロできている、操縦できるというのが50%。それなりに経験を積んできたパイロットでも、60超えるか超えないぐらいね。それを75だなんて、センスだとしか思えないわ」
「少しは自覚しろよ。とんでもない天才なんだぜ」
隣に座っているレンが、チハルの髪をぐしゃぐしゃにしてほめてくる。アズサも、
「正直悔しいけど、敵わないよぉ」
と机に突っ伏す。それでも顔色を変えないチハルに、ミオコが語りかける。
「そんな呆けた顔しないで、少しは喜んであげなさいよ。せっかく今日は、あなたが主役の日なんだから」
納得できなかった。してはいけないように思えた。
凄い、敵わない、主役、天才。そんなにも、褒め称えることだろうか。
ミオコやレン、アズサに聞いているのではない。自身に問いかけているのだ。そんなにも、褒め称えることだろうか。そんなにも、褒め称えられていいのだろうか。
「ねえチハル」
「あ、なに」
アズサがのぞき込んでいた。
「なんでうつむいてるの」
「いや、特に意味はないけど」
「そう、ならいいや」
身を引き、座り直すアズサ。話すことがなくなったのか、誰も話し出せずに沈黙が続く。
少し先で通行人が足を引っかけ、机が揺れた。山になったフライドポテトが崩れる。
そこで何を思ったのかアズサが、いきなり立ち上がって、
「宣戦布告よ、レン。残りのポテト、山分けじゃんけんをしましょう」
「お、俺?」
「そ、あんた」
アズサのマイペースさには、散々困らせられる。レンも戸惑っているのだろうと思った矢先、
「いいぜ、乗っかってやろうじゃねぇか」
いや乗るのか?乗っかるのか?
今度はチハルが驚く番だった。
「じゃあ行くよぉ、じゃんけん―」
「ちょっと待て。普通そこは『最初はグー』からだろ」
「いいじゃない、どうでも。細かいわね」
「気になるんだから仕方ねぇよ。で、どっち」
「どっちでもいいよ」
チハルも同感だった。どっちでもいい、すごくどうでもいい。
「最初はグー、じゃんけんホイ!」
「ホイってなんだよ」
「……あいこで」
「無視して続けるなっ」
「何よもう、ホイって言うでしょ普通」
「言わねぇよ。ポイだろポイ」
「地方ローカルルールってやつよ」
「ローカルルールってあんのか。ってかアズサ、地方出身じゃねえだろうが」
……とめどない。これって一生、勝負付かないんじゃないか?ミオコもたまらず噴き出す。肩を震わして笑うのを見て、二人が、
「笑わないそこっ」
とハモった。ミオコが顔をうずめて、さらに笑い出す。ツボに入ったらしく、しばらく止まらなかった。
既にじゃんけん大会など、どこかにいっているが、もうなんでもよくなってきた。
蛍光灯の下、無機質なスチールテーブルには、活字がいっぱいの包み紙。なのに座る三人は、大笑いしていた。
いま思うのは、このまま穏やかな空気に包まれていたい、ということだけだった。みんなが笑い、楽しむ空間に居たい。決して、欲張りなことではないと思う。
この時間、空間、世界を、大切にしたかった。
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