1‐2 プリーシンクト

「ねぇ」

 一人予想していた時、ミオコが腕を組んで、角に突っ立っているチハルに問いかけた。

「何も話さないわね。もしかして、対人恐怖症の気があるとか」

「いいえ、まったく。無口なだけですから」

「ああ、そう」

 会話が途切れる。険悪な雰囲気を破ろうと思ったのか、おもむろに解説をし始める。

「上から、講義はちゃんとやれって言われてるの。だから、一通り説明するわね」

 チンと扉が開き、外に出ていく。

「今更、ヴァロの説明なんか必要ないよね。だからまず、パイロットが心に留めておくべきことから言うわ。一つ目はさっき言った忠誠。この仕事は、十代の少年少女にしか務まらない。大人と子供の中間であり、感受性の高いあなた達が、最もシンクロ―制御に適しているからよ」

急にあたりが開け、目の前に大きな人型の何かが現れた。

「ヴァロシャイムですか」

「そう。最新型の、三号機クリスタル」

「これが……」

 口元を覆うのは、西洋甲冑風の頬当て。腕と脚は、鍛え上げられたかのようにしなやかだった。人工物と自然の形とが組み合わさるヴァロは、磨き上げられ光を放つ機械にも、常に流動する生命体にも見えた。

「二つ目は、ヴァロを開発、利用する意義ね。簡単に言えば、汚染獣の撃退とポイントXの殲滅によって、世界を守ることよ。ポイントXってのは、瘴気を発している建物とその地点を指す言葉。瘴気の元となる何かを体内に取り入れて、異常変化した野生動物を汚染獣というの。まあ最終目標は、ポイントXの―」

 突如、警報音が鳴りだす。心臓が跳ね上がった。

「巨大型汚染獣の接近を確認。危険レベルを最大まで引き上げます」

 電子スピーカーを通して、落ち着いた女性の声が響き渡る。すぐにチハルを連れて、今来た道を戻っていく。

「汚染獣って言いましたけど」

「襲撃してきたのよ。これからヴァロを動かして、即座に撃退するわ。今日の講義は中止。ロビーにでも戻っていなさい」

「ダメよ」

 今来た道から、白衣姿の女性が、ハイヒールのかかとを鳴らして歩いてくる。

「なぜですか、カオリ司令官」

「あなたも聞いてるでしょう。二号機ルビーは、他の機関に貸し出してるし、一号機ブラックスピネルは損傷部の修復が終わっていない」

「動けるヴァロが、いないってことですね。同時に専属パイロットも、動けない……どうするんですか」

「決まってるじゃない」

 カオリの視線が、チハルに送られる。つられてミオコも見下ろしてくるが、頭を振って考えを逃がす。

「訓練の一つも受けてないのに、チハルを使うのは、あまりに危険すぎます。三号機クリスタルだって、最終調整が終わっていないんでしょう」

「かといってみすみす指をくわえていたら、このあたり一帯が崩壊するわ。ヴァロは私たちにとって、最後の救いの手、希望の光なのよ」

 二人の口調が強くなる。そんなとき突然、ギャーともビュワーともつかない雄たけびが轟いた。建物自体がきしむ。

「汚染獣がもう、すぐそこまで」

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