デッドマンズ・アー・デッド4

 イアン、オリガ、エステルの三人はフェリーと鉄道でローマを経由してフィレンツェに移動した。

 イアンははなからオリガとエステルが同行することを許すつもりはなかったのだが、二人の強い押しに負けて現在に至る。

 何より意外だったのは、気の弱いオリガが意志を曲げなかったことだ。元軍人の父から射撃を教わったのを強みに、丸一日かけて何度もイアンの説得を試みた。対照的に気の強いエステルを味方につけたのは得策だったと言えるだろう。

 フィレンツェの郊外でコーサ・ノストラとカメレオンと落ち合い、イアンは念入りに装備をチェックした。

 ウィルディ・ピストル、ジャックナイフ、グレネード。この三つの武器さえあればイアンは戦えた。

 アサルトライフルがあれば火力は申し分ないが、機動性が下がってしまう。ほんのわずかであっても機動性の質は生死をわける。射撃の腕が冴えているのならなおさらハンドガンの方が効率がいい。

 ウィルディ・ピストルのリロードを済ませると、壮年の男が握手を求めてきた。


「あなたがミスター・グウィン?」


「そうですが」


「私はルノー・シャントルイユ。カメレオンのコマンダーだ。聞いているとは思うが、私はオリガの叔父にあたる。残念ながら君のことは何も知らないのだが……アメリカ陸軍にいたのだとか」


「ええ。そのおかげで戦場には慣れましたがね」


 カメレオンのコマンダーを名乗ったルノーの手を掴み、イアンは訝しく思った。

 片目が隠れるほど長い黒髪、狼のごとき琥珀色の瞳。オリガほどではないにしろ肌は白く、長身痩躯で顔立ちも端整だ。

 オリガの叔父にしては若すぎる。オリガは二十歳、軽く見積もってもルノーは二十代後半から三十代前半だろう。どうも得体の知れない人物だ。オリガの叔父という情報では信用には値しない。何せ私はルノーのことを何も知らない。そればかりか、オリガのことも何も知らない。冬に出会い夏から同棲しているが、私はオリガ・ガヴリーロシュナ・アスラノヴァという人間について何も知らない。オリガに叔父がいることさえ知らなかったのだから。

 思えば私と出会う前のオリガは何をしていたのだろう。私立探偵をしていると言うが、実際にどんなことをしているのかはわからない。たまに仕事があると言って出かけるが、どこに行って何をしているのかもわからない。

 イアンはグロックを両手で握りしめるオリガを見やった。

 私はオリガに全てと言っても過言ではないくらい私のことを話した。それなのに、オリガは私に何も話してくれない。過去は話してくれても、オリガ・ガヴリーロシュナ・アスラノヴァのことは一部しか話してくれなかった。過去は彼女の一部であり、彼女自身ではない。

 だが、とイアンは気持ちを切り替えた。

 親友が捕らえられて拷問されているのだ、少なからず怒りはある。変わり果てたジャンを目の当たりにして私はどうなるだろうか? もしかしたら、ジャンは見るも無残な死体と化しているかもしれない。それでも私は冷静を保てるだろうか?

 冷静は保てても理性を保てる自信はなかった。己の肉体を捨ててでもこの基地の人間を皆殺しにしようとするかもしれなかった。


「ところで、エステル。射撃ができるオリガはともかくとして、君までついてくる必要はない。妊婦を戦場に同行させたら後でジャンに何を言われることか。こう言ってはなんだが、戦力にならない者は足手まといだ」


 そう言うと、エステルは毅然として言い放った。


「私を誰だと思っているの? 私はコーサ・ノストラの最高幹部の妻――ジャンの妻よ。ジャンを助けられるのならなんだってするわ。だから、私も連れていって」


 エステルがこう答えるのは予想していた。そうでなければフィレンツェまで同行させはしなかった。


「わかった、いいだろう。ただし、私から離れるな。君を守りながら戦うのは一筋縄ではいかないが、空いた隙はコーサ・ノストラのメンバーにフォローしてもらう」


「ありがとう、イアン」


「では、私たちカメレオンは基地の裏から攻めよう。ジャン・バリスティーノとマダムを逃がすため、裏口に自動車を回す。オリガ、お前もミスター・グウィンにしっかりついていなさい」


「了解しました」


 片手にウィルディ・ピストル、もう片手にジャックナイフ。かつてのような戦場に帰ってきたが、イアンは高揚を感じられなかった。むしろ、妙な胸騒ぎがした。

 オリガとルノーは私に何か隠している。元より秘密主義のオリガではあるが、何か重大なことをそのうちに孕んでいるような気がしてならない。

 ジャンを救い出すことに成功したら――たとえそれが失敗に終わったとしても、オリガにその秘密を問いただしてみようと思う。

 イアンはスキットルのウイスキーを飲みかけてやめた。

 スキットルを逆さにして中身を地面に注ぐ。まだ何本か残っている煙草の箱を握り潰す。

 春になれば芽が生えてくるのではないかという淡い期待。そんなものは銃声と阿鼻叫喚の前に霧散してしまった。

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