デッドマンズ・アー・デッド3

 早朝、アグリジェントのしがないバーに訪問者があった。そのイタリア人はジャンの部下であった。

 エステルはジャンに何かあったのだと悟った。


「ジャンは? 無事でいるわよね?」


「バリスティーノは部下を庇って一人残りました。イタリア軍に捕らえられてどうなったかまではわかりません。セニョーラには伝えておいた方がいいと思いまして」


 部下の無慈悲な報告に、エステルは卒倒しそうになった。イアンが支えると、彼女はヒステリックに泣き出した。


「エステル、気を確かに持て」


「できないわっ! ジャンが……死んだかもしれないのよっ! 正気でいられると思うっ? ジャンに死なれたら私は――」


「ジャンは死んでいない」


「適当なこと言わないで。どうしてそう言い切れるのよ?」


「ジャンは拷問にかけられても絶対に仲間の居場所を吐かない。ジャンはそういう男だ」


「でも、吐かなくてもいつかは殺されてしまうでしょう?」


「私が殺させない」


「イアン……」


 オリガの表情をちらと横目で窺うと、予想通り悲しみに暗く沈んでいた。

 言葉はいらなかった。互いの言いたいこともしようとしていることも手に取るようにはっきりと感じられた。


「メンバーをかき集めてくれ。外国にいるチンピラもだ。戦争には戦力がいる」


「わかりました、セニョール・グウィン。開戦はいつです?」


「早いに越したことはない。明日、イタリアで落ち合おう」


 ふらつくエステルを椅子に座らせて、イアンはウイスキーの瓶を開けた。グラスに少し注いで彼女に手渡すと、彼女はぐいと飲み干してお代わりを求めた。


「やけ酒はやめておけ。明日、ジャンが帰ってきても君が酔い潰れていたらいけない」


「そうね。イアン、ごめんなさい。本当ならオリガと一緒にいたいのでしょうけど……」


「気にするな、ジャンには借りがある。私もジャンを助けたいのでね」


 オリガは何やら物言いたげにそわそわしていたが、唇をきゅっと一文字に結んで何も言わなかった。

 イアンは白髪を五指で梳いた。


「オリガ、許してくれ。私はまた人間を殺める。君を悲しませたくはないが、決して止めないでくれ」


「止めませんわ。できることならジャンを……助けてあげてください」


「へぇ、意外だな。君なら猛反対すると思っていたのに」


「だって、ジャンは……私の友人でもありますもの。私も協力しますわ」


「どうやって?」


「フランスに叔父がいるのですが、秘密警察です。力になってくれるかもしれません」


「秘密警察?」


「ええ。カメレオンをご存知ありませんか?」


「さあ、耳にしたこともないな」


「ジョゼフ・フーシェが指揮していたという秘密警察です。ナポレオン政権下のフランスを監視していたという噂がありますが、定かではありません」


 冷血動物の異名を冠されたこの組織は現代でもフランスを裏で操作している、と言い伝えられている。元はといえば、カメレオンの異名を冠されたのはフーシェだ。フーシェの死後、秘密警察がカメレオンの異名を引き継ぎ、それが現代にも残っている。


「カメレオン、ねぇ。信用できるのか?」


「ええ、できますわ。ジャンを助けるには戦力が必要でしょう?」


「ああ。できるなら猫の手も借りたいね」


 ひとまずイタリア軍とやり合えるほどの戦力は集まりそうだった。イアン、コーサ・ノストラ、カメレオン。この三つの勢力がどのような行動を取るかはさておき、運命の針はこの時をもって進み出した。

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