デッドマンズ・アー・デッド2

 残った部下を連れてイタリアへと渡ったジャンだったが、戦況は芳しくなかった。

 コーサ・ノストラとイタリア軍では規模に差がありすぎる。イタリア軍は蟻を一匹ずつ潰していって、最終的には巣を壊すつもりでいる。


「ちっ、所詮は俺も蟻の一匹ってわけか……」


 ジャンは弾丸に風穴を開けられて使い物にならない右腕の止血を試みた。

 出血が止まらない。血管をやられてしまったかもしれない。このままでは大量出血で命を落としかねない。

 部下が捕らわれている基地を目前にして足止めを食らっている。破壊されて瓦礫と化した塀に背中を守られているが、イタリア軍はすぐそこにいる。いつ攻められてもおかしくはない。死はすぐそこまで迫っている。


「バリスティーノ、ここは一度退いて体勢を立て直しましょう。その傷でイタリア軍と戦うのは無謀です」


「もう他の仲間は殺されているかもしれません。死体を助けに行っても死体が増えるだけです」


 部下たちは引き止めようとしたが、ジャンはまだ使える左腕でマテバ・オートリボルバーを持ち上げた。


「捕まった部下は拷問にかけられて殺される。こうしている間にも部下が苦悶の末に死んでいるかもしれない。俺のことはいい、お前たちは逃げろ」


「そんな、あなたを置いて逃げることはできません」


「アメリカの戦場でも部下はそう言った。だが、部下は死に、俺は死ねなかった。行け。生きてアグリジェントに向かってくれ。もし俺が死んだらエステルに――」


 刹那、爆発音がジャンの鼓膜をつんざいた。爆風が瓦礫ごと身体を吹き飛ばし、意識を刈り取らんとした。

 くそっ、グレネードか。イタリアの犬共め、強行突破する気だな。


「逃げろ! お前たちはこんなところで無駄死にするな!」


 最後の力を振り絞って叫んだジャンの迫力に気圧されて、部下たちはイタリア軍が押し寄せてくる前に基地から離れた。

 部下たちの背中を見送り、ジャンは脱力した。

 これでいい。俺の犠牲であいつらが助かるのならそれでいい。これは贖罪ではない。どうせ俺の罪は死んでも償い切れない。

 ジャンは左手をスーツのポケットに突っ込み、にやりと口角を上げた。

 イアンめ、粋な餞別をくれやがって。これが最後の一服になるかもしれないな。

 爆発で燃え移った火に煙草の先端をかざす。一筋の紫煙が龍のごとく天に昇る。か弱い龍は風に翻り、ジャンが息を吸うとそれは白くなる。

 浮遊感にたゆたう感覚と引きずられる感覚は酷似していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る