泥沼のカルマ5

 夏の暑さは日に日に落ち着いていき、季節は秋へと移ろった。

 イアンは暗殺と汚い金で懐を肥やしていた。金はトランクに隠しているが、ぎゅうぎゅうに詰め込んでも入り切らないほどになってしまった。

 オリガにはばらしたくなかったが、外出が増えるとどうしても疑いをかけられてしまう。そろそろ潮時だ。

 床に就く前に、イアンは金でいっぱいのトランクを開いてみせた。


「まあ! これは一体どうされたのです?」


「私が稼いだ金さ。君には隠していたが、夏から割のいい仕事をしている。頻繁に外出していたのはそのせいだ」


「そうだったのですか。では、お酒を受け取ると言っていたのは嘘だったのですね」


「そうだ。君を驚かせたくてね。これで君と結婚できる」


 しかし、オリガはトランクの金を見下ろして愕然としていた。イアンの言う割のいい仕事に、彼女はひどくおぞましいものを連想したからだ。


「どんな仕事ですか? たったの数か月でこんなにお金が手に入るなんて、さぞ大変な仕事だったのでしょう」


「何、至極簡単な仕事さ。戦場にいた私には赤子の手を捻るより簡単なことだ」


「その仕事は……もしかして、ジャンに紹介されたものですか?」


「そうだが」


「ああ、なんということでしょう……」


 オリガは力なく膝を折り、ベッドに顔を埋めてすすり泣いた。

 イアンは当惑し、オリガの肩に手を添えたまま硬直した。

 わかってはいた。オリガに暗殺で稼いでいることを打ち明けたら悲しむとわかっていた。

 だが、いざこうしてむせび泣かれるとどうしていいかわからない。


「オリガ、私は何も悪いことをしていない」


「いいえ、あなたは悪いことをしています。人間を殺すのは罪深いことです」


「何故? 殺しはこの世界の常だ。強者は生き、弱者は死ぬ。強者は殺し、弱者は殺される。私は数多の戦場を生き、数多の人間を殺した。私は強者だ。だから、生きている。そして、生きようとしている。愛する者のためにな。何もおかしいことはない。悪いのはこの世界だ。私を殺戮に駆り立てた世界が悪くなくて私が悪いのか? それこそおかしいだろう」


「そういうことではないのです。何がおかしくて何がおかしくないのかが問題ではなくて……これは私とあなたの問題なのです」


「君と私の問題?」


「はい。あなたが人間を殺していると思うと、えも言われぬ心の痛みに襲われました。私のために人間を殺すなんて……私は嫌です! あなたが外から帰ってきてベッドに入ると、錆びかけた鉄のような臭いがしました……血液の臭いがあなたの匂いだなんて、私には耐えられませんわ! お金なんていらない……ずっと私のそばにいてください……」


 オリガの言いたいことは痛いほどに伝わってきた。

 言葉ではない。オリガの涙が私の心に訴えかけてきた。オリガは言葉の可能性を私に説いたが、言葉がなくとも心は動くものだった。

 イアンは震える肩を抱きしめて濡れた頬にキスした。

 しょっぱさが舌先にじわりと滲む。


「オリガ、もう殺しはやらない。私もずっと君といたい。客がいなくてもいい、バーの経営を続けよう。それでいいだろう?」


「はい……」


 嗚咽を押し殺すオリガが愛おしくて仕方なかった。結局、空虚のピースは愛で埋まってしまった。

 一度でもオリガの愛を疑うなんて私は馬鹿だ。オリガは私を救うと約束してくれた。私は心のどこかでオリガを疑っていたのだ。信じることも愛の一部ではなかろうか。私はあくまで受動的になろう。オリガに人生を捧げたのだから。

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