泥沼のカルマ4
当然、ホテルの部屋に武器はない。そこで、イアンは衣服を詰めたトランクをベッドの上に置いてそれらしくした。
この部屋で暗殺を実行するとなると、ウィルディ・ピストルは使えない。銃声が隣の部屋に響いたら暗殺にならない。ターゲットが油断しているところにジャックナイフで喉を掻き切れば迅速かつ隠密に殺せる。
胸が躍るね。殺戮に楽しみを覚えた人間の末路が私だ。愛する者ができてなお私は殺戮を欲している。誰にも私を止められない。誰にも私を救えない。すまない、オリガ。私の人生にはやはり殺戮が必要不可欠のようだ。
イアンはウイスキーを胃の中に流し込み、思考による頭痛を打ち消した。
夕方になり、ドアをノックする音で目が覚めた。いつの間にか眠りに落ちてしまっていたようだ。
部屋に招き入れるなり、ターゲットはアタッシュケースを置いてトランクに手をかけた。その手つきからは焦燥の色が窺えた。
「酒は?」
「いや、遠慮しておく。さっさと取引を済ませよう。どこに暗殺者が待ち構えているかしれないのでな」
死に急ぐな、と言いたくなったが、なんとか喉元に留めておいた。
「そうだな、さっさと済ませよう。トランクを開けて中を確認するといい。爆薬の扱いには気をつけろ」
ターゲットがもう一度トランクに手をかけて、イアンはその背後に回り込んだ。
ジャックナイフの刃を展開する。栗色の髪を鷲掴みにし、喉を露わにする。ジャックナイフの切っ先が喉の肉を軽々と貫き、刀身がずぶずぶと沈み込む。力を入れてジャックナイフを横にスライドさせると、輸血パックを裂いたかのように血液がどっと溢れ出す。
ターゲットは抵抗する間もなくベッドに血液を撒き散らしながら倒れ伏した。
イアンは血液の飛び散ったシャツを脱いだ。彼にとってはパスタのソースがついたのと同じであった。
なんて簡単なのだろう。こんなことで金が手に入るなんて。戦場にいたのが馬鹿馬鹿しく思える。バーの経営をしているのが馬鹿馬鹿しく思える。誰かを殺してオリガを幸せにできるのなら何人だって殺そう。殺戮は私の空虚な心をも満たしてくれる。
――オリガでさえ埋められなかったピースの代わりを、殺戮はいとも容易くやってのけた。
煙草を一服し、トランクの衣服に着替え、イアンは部屋を後にしようとして歩みを止めた。
「死体には武器も金もいるまい。金はもらっていくよ」
アタッシュケースから金を抜き取り、イアンは今度こそ血生臭い部屋を後にした。
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