マリッジ・ブルーに愛の告白を2
運よく海岸のレストランの予約が取れた。小さなレストランだったが、海に面していてキャロルのあるレストランはここくらいだった。
塩気を含んだ夜風が涼しい。寄せては返すさざ波の音が耳に心地いい。
「こうして二人きりで食事をするのは初めてですね」
言われてみればそうだ。二人きりだったのはカフェとバーくらいで、二人きりで食事をしたことはなかった。
「なんだか新鮮だ。君と二人きりになることがこんなに幸せなことだとはね。至福の時間だ」
「あら、アルコールとニコチンの海に溺れている時間が至福なのではありませんこと?」
「君と出会うまではね。君と出会ってから、アルコールとニコチンよりも君に溺れている時間の方が至福だ。君と再会してそれをひしひしと感じているよ」
二人は春から夏にかけて起こった出来事を話しながらコース料理を堪能した。大した出来事はなかったが、さも大事件のように脚色して笑い合った。
やはりオリガと過ごす時間は至福だった。キャロルと煙草では味わえない独特な依存性があった。
「私を探すのが日課だなんて。本当ですか?」
「本当さ。トラーパニに君がいるとは思えなかったが、じっとしていられなくてね。ようやく報われたよ。これで炎天下を一日中歩き回らなくていい」
「ふふふっ、おかしな方。私に会いたければずっとパレルモにいらっしゃればよろしかったのに」
「君に会いたいという一心ならそうしたさ。だが、一つの邪念があってね。そうできなかった」
イアンの言葉に思い当たったオリガは表情を曇らせた。
グラスの縁を骨のような指がなぞる。円を一周し、指が水分を絡め取る。濡れた指の腹が艶めかしい。
「実は後悔していたのです」
「何を?」
「あなたを拒絶したことです」
イアンは表情を変えなかった。ただグラスの縁にキスして薄紫色の瞳をじっと見つめていた。
「あなたに愛していると言われて心が乱れていたのかもしれません。あなたに感じていたのは憐憫なんかではありませんでした」
「それでは何かな?」
悪戯心が湧き起こった。オリガもそれを察し、少しばかり頬を膨らませてはにかんだ。
「意地悪ですね」
「君に言われたくないな。君に拒絶されて私は絶望した。だからパレルモを出た」
「……ごめんなさい。そんなつもりはなかったのです。ただ――」
「言いたいことはわかる。さあ、私に感じていたものを教えてくれ」
オリガは一呼吸置いた。
イアンはマラスキーノ・チェリーを先に食べるのも忘れてキャロルに口をつけた。
「愛……です。きっと私もあなたのことを愛しているのです」
含羞の微笑み。イアンの心を奪った表情だった。
生きていてよかったと思った。この瞬間のために生きていたような気さえした。
出会って間もない二人が互いを愛し合っているのは、ただの偶然であった。一目惚れだったのかもしれない。一目惚れの歯車が噛み合い、こうして再会できた。これこそ奇跡の範疇であった。
「君の口からそんな言葉を聞けるなんて幸せだ。まるで夢でも見ているようだ。夢なら覚めないでくれ」
「夢ではありませんわ。夢は覚めますけれど、現実は覚めません」
「ならばこれは覚めない夢だ。君が夢を見せてくれる」
「私に見せられるかしら?」
「君次第だな。オリガ、私を救ってほしい。もう一度救いの手を差し伸べてほしい」
オリガは迷わなかった。滑らかなミルクのごとき細い腕を伸ばしてこれまた真っ白な花を咲かせた。
「はい。今度こそあなたを救ってみせますわ」
「では、私の人生、もう一度君に捧げよう」
オリガの手を取り、イアンはテーブルの下で密かに義脚を外した。支えがあればこれは必要ないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます