スイート・トーチャー5
「どうやら取引の情報をたれこんだのはフランス人らしい」
開口一番、ジャンはそう言った。
「フランス人?」
イアンが聞き返すと、ジャンはリトル・プリンセスのマラスキーノ・チェリーを種ごと二、三度噛んで嚥下した。
「何と繋がっているのかはわからないが、フランス人が絡んでいることは間違いなさそうだ。無能なイタリア軍め、さっさとフランス人を見つけてくれたら俺がこんなに苦労することもなかっただろうに」
「フランス人、ねぇ。何者だ?」
「それがわかれば苦労していない」
「コーサ・ノストラの取引相手にフランス人は?」
「いるにはいるが、既に調べは済ませてある。リストに載っているフランス人は当てはまりそうになかった」
「しかし、解せんな。そのフランス人はどうしてわざわざイタリア軍に取引の情報を流したのだろう」
「コーサ・ノストラとイタリア軍を衝突させるのが目的だったんだろうさ。当然ながらフランス人はイタリア軍を支持している。ゲシュタポまで絡ませて、遠隔から完全にコーサ・ノストラを潰す気でいる。全く、汚いことをしやがる」
「仲間がいるだろうな」
「ああ。フランス人が単独で仕組んだこととは思えない。恐らくなんらかの組織と通じている」
「謎だらけだな」
「悔しいがそうなる」
イアンはシロップの甘味とアルコールの風味が薄くなるまでマラスキーノ・チェリーを口内で堪能し尽くした。キャロルを一口含むと、ブランデー、スイート・ベルモット、アンゴスチュラ・ビターズの味が引き立てられた。それぞれの味が邪魔し合わず、調和して舌を伝いながら喉へと流れていった。
ジャンがいら立ちに貧乏揺すりをし、グラスの中のキャロルに波紋が生じる。
「フランス人のせいで大損害だ。イタリアでの取引は全て中止、しばらくは取引の仕事をさせてもらえない」
「では、これからどうするつもりだ?」
「暗殺ビジネスで稼ごうと思う。シチリア島にも暗殺の対象ははびこっていてな。この仕事には困ることがない。どうだ、お前も一仕事しないか?」
暗殺ビジネス――すなわち、不可能に思われた戦場への帰還。帰りたい。いや、帰ってはならない。
脳裏をオリガがちらつき、イアンは肯定と否定をすり替えた。
「私は遠慮しておく。殺戮に復帰する気はないのでね」
「それならどうするつもりだ? 金に余裕があるわけではあるまい」
「そうだな。私はまた旅に出るよ」
「オリガと一緒にか?」
「……いや、一人だ。あてもなく彷徨うさ。金が底を突いたらロサンゼルスに帰る。ジャン、短い間だったが世話になったな」
「いいってことよ。親友としてやれることはやった。何かあったら相談してくれ」
「ああ、ありがとう。また会おう、同志よ」
空のグラスで乾杯し、イアンはパレルモを発つことを決意した。未だに狂おしいほど愛しいオリガを忘れるために。
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