第十話 吸血鬼の終わり

 新たに本をまとめるにあたり、原稿が一本だけ増えることになった。どういったことをお話ししようか、いろいろと迷った。言いたいことは、ほとんど『月刊! イモータル』の中で述べてしまったからだ。


 吸血鬼はそれほどかっこよくない。

 私は例外的にかっこいい。

 吸血鬼の数は減っている。


 そして何より、世の中は良くなっている。


 さて。

 どうやってこの原稿を締めくくれば良いか迷ったが、このお話は、吸血鬼の誕生によって始まった。それならば、このお話の最後にくるのは、「吸血鬼の終わり」ではないだろうか。

 とはいえ、吸血鬼の終わりについては、私にもわからないことが多い。『月刊! イモータル』で、その話をしなかったのは、なにも消滅がおそろしいからというわけではなくて、単に、私がその先を知らないからだ。

 僭越ながら、吸血鬼の最期について記してみよう。


『現代吸血鬼のすべて』の中で、何度、「生き物」だとか、「生活」だとか、企図しないジョークを言ってしまったか知れない。つくづく、言葉とは生きた人間のためにあるものだ。

 「死」もまた、生き物のための言葉である。

 吸血鬼は生あるものではないので、「消滅」だとか「いなくなる」だとか、そう言った単語の方を好んで使う。アンデットという言葉もあるけれど、人としての生活を終えたときに、吸血鬼は死んだと考えるようだ。


 吸血鬼の数は、およそ3万人と述べた。協会員の数は、20,51人である(私が横着したわけじゃなくて、前回に確認したときよりも25人ほど減った)。

 ヴァンパイア・ハンター協会員の数は分かるのに、吸血鬼の数はわからないんだろうか?

 実のところ、わからない。吸血鬼の死は分かりにくい。


 吸血鬼は、消滅した時、死体を残さずに灰になってしまう。あとには灰の塊が落ちているだけだし、消滅したかどうかの確認がものすごく取り辛いのだ。

 吸血鬼の消滅要因に多いとされている、強い日光障害は、主に屋外で起こるのである。そういった場合は、風に撒かれて、灰すらも消えてしまう。


 死亡を偽装して、吸血鬼の登録を逃れるという可能性もなきにしもあらずであるから、協会としても吸血鬼を抹消することはなかなかできないのだ。

 吸血鬼の数は、「多く見積もって」30万。ほんとうは、もうちょっと少ないだろう。


 生身の人間と話していると、よく、「死ぬとはどんな感じですか」と聞かれる。

 吸血鬼含め、アンデットは「死」について大いなる見解を持っていると考える人間がいるようだが、それはあまり正しくないと感じている。

 せいぜい私が語ることができるのは、吸血鬼になった人間の死である。もっと厳密にいえば、つまるところ、ルーク・クラークとしての死である。それも、おおざっぱに数十年も前のことであると、正確に思い出すことなど難しい。


 吸血鬼がしないのは、寿命で死ぬことだけである。

 吸血鬼は、生きている人間同様、眠りにつくことがある。心臓が動いていないから、この話は、かなり分かりづらくはあるのだけれど。

 ある日ぽっくり、人が心臓を止めてしまうことがあるように、吸血鬼も、ある日、活動をやめて目を覚まさなくなることがある。

 8時間、あるいは3時間、1日、2日、1年、……。気が付いたら100年後だったりとか、そういった極端な例もある。地球が終わるまで目を覚まさないかもしれないし、明日目が覚めるかもしれない。

 朝起きて、私たちがまずするのは、たまっていた新聞で日付を確認することだ。かくいう私も、歯医者に行ったとき、3日ほど目が覚めなかった。


 時代遅れの吸血鬼が目を覚ますのは、かなりの困難を伴う。自動車なんて知らなくて、道路にふらふらと飛び出して灰になってしまった例もあるし、昔すぎると、ヴァンパイア・ハンターとは殺すか殺されるかの関係であると信じ切っているものも少なくない。そんな相手を『保護』してあげようというのだから、ヴァンパイア・ハンター協会員の懐の深さは半端ではない。

 そういった吸血鬼は、歴史的な資料という価値もある。生き(!)証人、というわけだ。


 一般に、長生きをした吸血鬼ほど、ひとたび眠れば、長く吸血鬼の活動をお休みすることが知られている。吸血鬼の寿命は無限のように思えるが、時間はどんどんと減っていく。その間に累積する事故のリスクはぐんぐん高まり、いずれ消滅する。

 理論上は半永久的に存在するが、ある地点では死ぬだろう。

 どんなに注意深いものでも、100年間事故に遭わないのは運だ。


 吸血鬼があまり先のことをお約束するということはない。

 私にとって、連載をもって、1月に1度、原稿をお約束するなどというのは非常に気乗りしない話だった。けれど、不思議と、何を書こうかと考えるのはとても楽しかった。

 次に書けなくなるかもしれないというのが恐ろしかったけれど、どうにかこうにかお約束を果たすことができた。

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