第九話 吸血鬼とホラー映画

【前回までのあらすじ】

 本来であれば『吸血鬼の節制のありかた、以下省略』をお送りする予定でしたが、筆者都合により、『吸血鬼とホラー映画』をお送りします。


 映画というのは、吸血鬼にとっては非常に不可思議な媒体である。とにかく、吸血鬼は絶対にスクリーンに映ることはない。

 私はいつも、映画について考えるとき、自分が映画に出演することはもう一生ないのだということがなんとも悲しくなる。大笑いされるので、あんまり口に出しては言えないが(いっそアニメ映画でもいい)。


 映画は人のためのものであって、吸血鬼のためのものではない。吸血鬼が映画を見ると、やや物足りなさを感じるのだという。それは、自分が映らないからでもなければ、吸血鬼が悪役で最後に負けがちだからでもない。

 映画ができてから後から吸血鬼になったもの、曰く。秒24コマ。吸血鬼の目には、映像がちょっとばかり雑に見えるらしいのだ。

 今の秒24コマもやや間抜けであるが、秒16だったころにはそれ以上に作り物っぽかったものである。もっと昔、10コマだったころには、人間の目からしても滑らかではなかったのだというが。

 そのせいなのか、吸血鬼がひねくれてるからなのかは知らないが、吸血鬼はあまり真面目に映像を見ない。


 映画については、生前の私にとってもなじみ深いものだったから、ついついいろいろと話したくなってしまう。

 なんたって、吸血鬼は本質的には年寄りなのだ。昔語りしたくてたまらない。

 インターネットの吸血鬼のコミュニティで昔の話をしようとすると、いつもどこからともなく年上の吸血鬼が現れる。中には、びっくりするくらい詳しい人間もいるが。


 読者の皆様は、24時間カフェの素敵な女主人、ダニカを覚えているだろうか?

 ダニカの夫は人狼である。ダニカにとって、私はなんの関係もない他人である。


 どういうなりゆきなのかは忘れてしまったが、ダニカさんの息子、リアム君とスプラッター映画を見ることになっていた。ダニカさんを食事に誘ったら、いつのまにかそういうことになっていた。私も、今一度修辞学を学ばねばならないようだ。

 リアム君は高校生くらいに見える大学生で、とても快活な少年だ。ライオンのように逆立った髪がとても今風である。

 リアム君の右巻きのつむじを見ていると、ふと、私の子孫であるヴィッケル君のことを思い出した。

 歳は、リアム君一つか二つくらいしか違わないだろうが、ヴィッケル君はリアム君よりもかなりちっちゃい。


 私は大人一枚、リアムくんは学生一枚。

 チケットを買うとき、いったいどういう関係なのかいぶかしまれている気もした。こうも長く生きていると、そういう視線には慣れっこである。

 聞かれなかったから言えなかったが、私は月に一度息子に会うことを許された父親というわけではない。妻とはまぎれもなく死別だし、私のほうが先に死んだ。……聞いてくれてもよかったのに。


 映画のタイトルは、『カーズ・オブ・リアリスティック3 ~永劫の呪い~』。スリーか。

 なんだかほんのちょっとだけ、嫌な予感がしないでもなかった。リアム君はきらきらと目を輝かせている。


 誘ったことになっていた手前断れなかったが、私はあまりホラー映画は好きではない。とくに、スプラッター映画は苦手な部類になる。

 意外に思われるかもしれないが、だいたいの吸血鬼はスプラッター映画が苦手である。

「そうはいっても、吸血鬼にとってのスプラッター映画なんて、グルメ映画みたいなものでしょう?」

 なんて思われた皆さま。それは、とんでもない誤解だ!


 たしかに、少数を除いて、我々のほとんどは血が好きだ。血は大好きだ。血の滴る臓物に、そそられる部分もないではない。いや、好きだからこそ、スプラッター映画は受け付けない。

 大体の血液は、惜しみなく人体から噴出し、そのまま床にこぼれていく。

 例えば、大量のオートミールを床にぶちまけたときのことを考えてほしい。食欲がわいてくるものか。

 血がコンクリにぶちまけられる部分を見ていると、なんとなくうげえという気分になる、リアム君は、私がビビっていたと勘違いしたようだが、とんでもない。

 もったいない。もったいないのだ。

 我々はいつも、献血で集められたありがたい善意の血液をいただいている。――輸血用の、保存期間の過ぎた血液を。新鮮な血なんて、めったに飲めたものではない。


 アイスクリームがべちゃっと地面に落ちていたら嬉しいか?

 それも、ものすごくおなかをすかせているときの話である。


 もはや、私にとっては、連続殺人鬼の正体がナノロボットだったとか、それを軍隊が作ったとか、私にとってはどうでもいい。


 忌まわしい悪魔のような男が主人公をとらえ、いたぶる。


 ああ、このシーンが。このシーンが非常に。なんといったらいいのか。不謹慎でどうも形容しにくいのだが、『惜しい』。非情に惜しい。

 新鮮な血液が、ぽたぽた地面に流れ落ちていく。すぐそこに宝があるのに、ちっとも気が付かない間抜け野郎にしか見えないのだ。


 吸血鬼は、ホラー映画を見るたびにこんな困難に直面している。私はもはや映画を直視することはできず、苦痛にうめいていた。

 居眠りしようと目をつむっていたら、爆音で讃美歌が流れ出した。

 油断していた。


 胸が焼けるような心地がした。なんともいえない苦々しい気分だ。

 吸血鬼は、ホラー映画が苦手である。ホラー映画は苦痛に満ちている。

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