第九章   蒼き時の彼方に   六

 審判の合図で出揃った敵陣の中に、石井の姿を探していた。

 同じ地獄を見た者同士、きっと醸し出す空気感は似通っているはず。

 勝手な思い込みだけが先走りした。

「見つけた……」

 やや斜め前に並んだコバルト・ブルーの鍔からチラリとのぞく目は、すでに俺を捉えていた。

 目が合った瞬間、ふと石井の背後にアイツの気配を感じて、息を呑んだ。

「石井の中にも、龍は棲んでいるのか」

 すべての人間の心には厄介な龍が棲んでいると言ったのは、碓氷だった。

 人の心の奥深く、底なしの闇をねぐらに、愚かしき人間の煩悩を餌に生き長らえる。

「龍の餌食になってはいけない。龍を手懐ける男になれ」と碓氷は言った。

 石井、お前は龍を手懐けられるのか? 抗い難き荒ぶる感情の波に溺れはしないのか?

 青葉を優しく揺らす薫風に、無言の問いかけが虚しく空を舞う。

 互いに見つめあったまま、二人の間を流れる時がピタリと止まった。

 研ぎ澄まされた感性が、瞬時に同じ匂いを感じ取っていた。

 なぜだ。なぜ、そんな目で俺を見る?

 憂いを孕んだ静かな眼差しが、真っ直ぐに俺を見つめていた。

 最初に目を逸したのは、石井だった。もう充分だと言わんばかりに。

 石井の目には、何が映っていたのだろう。堰き止められていた時間が再び流れ始める。

 顔合わせを終えて、いよいよドーム行を決める最終決戦が始まりの時を告げた。

 先攻は富士重。予想通り、石井の先発でラストゲームのスタートを切った。

 気迫のみなぎるベンチ内で、石井の投球から目が離せない。

 身長180センチ、81キロ。どっしりとした体つきで、マウンドに立つ姿は迫力があった。

 石井は右オーバースローの本格派。

 伸びのあるストレートは常時135キロから140キロといったところだが、非常にキレのある球を放っていた。

 ノー・ワインドアップから、足を高く上げてもふらつかず、バランスよく立っている。

 足をピンと伸ばしてからの着地のタイミングが遅く、捻りのあるフォームは、フォーク、縦のカーブを投げる下地がしっかりと出来上がっていた。

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