第九章   蒼き時の彼方に   六

 ばったばったと切り崩されていく富士重打線を余所に、美しくしなやかなフォームから繰り出される変化球に目を奪われていた。

 チェンジアップにスライダー、カーブと変幻自在に操り、決め球はフォークだと聞いた。

「素早いクイックでしょう? 平均1.1秒台だって。それにストライクゾーンの四隅を際どく突く確かな制球力は、天晴れやねぇ」と磯部も感心しきりで見つめていた。

「石井の野郎、俺を手玉に取りやがって。見てろよ、一発ギャフンと言わせたるでぇ」

 あっさりと三振に片付けられた上野が、苦笑いを浮かべて戻ってきた。

「かつての盟友に打ち取られた気分はどうですか?」

 含み笑いを浮かべた磯部が辛辣な一言を放った。

「うっせぇ、黙れや! でも嬉しいっつうか。なんか、複雑な気持ちだいなぁ。石井が凄く、でかく見えた。あいつと、こうして戦う日が来るなんてさ。俺も負けちゃいらんねぇで。生き残りをかけた戦いだ。一時の感傷は邪魔になるだけだ」上野の横顔が途端に引き締まった。

 岩島がバントを決め、二塁に駒が進むと、下位打線きってのチャンス・メーカー、万場のパワーを秘めた一発長打に望みをかけた。

「ここからだぞ〜、男を見せろ!」

「一発、打ってくれ‼︎」

 グラウンドに近い応援席からの、祈るような声が耳に届いてくる。

 アウェイでの次第に熱くなる応援もどこ吹く風と、石井は顔色一つ変えずに淡々と投げ込む。

 美しいフォームから様々な変化球が飛び出すさまは、イリュージョンだった。

 基本に忠実なしっかりとした投球、球持ちの良さにスピンの掛かったボール。

 しなやかな腕の振りで終えるフィニッシュは、芸術的でさえあった。

 結局、頼みの綱だった万場もチェンジアップで空振り三振に仕留められた。

 観客たちの大きな落胆の吐息が、グラウンドを飲み込んでいく。

 七番は指名打者として高卒ルーキーのピッチャー、藤岡が打席に立った。

 ボールを投げても、バットを持たせても、なかなかの曲者で侮れない。

 小技の効いた面白いバッティングで、周囲を驚かせる場面もしばしばだった。

 初登板で舞い上がり、痛い洗礼を受けた藤岡にとっては、ここで汚名返上したかったに違いない。

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