第八章 ZEROになる勇気 四
ベンチ内は不気味な静けさに包まれ皆が皆、佐伯の球を待ちながら、小刻みに円を描く四万のバットを見つめていた。
初球は高めの球に手を出し空振り。しかし、ここからが必殺仕事人、四万の見せ所だった。
粘りのバッティングでフルカウントに持ち込むと、佐伯の球は低めに大きく外れてボール。押し出しで一点を先制した。
またキャッチャーが後逸していた隙を狙い、三塁走者の上野が果敢に本塁を陥れようと試みる。
しかし、キャッチャーの完全に進路を妨げる危険なブロックに敢えなくタッチアウト。
これには上野も怒り心頭で「こんなん、いいんですか‼︎」と、珍しく声を荒らげて抗議した。
しかし判定は覆らず、スリーアウトでチェンジ。悔しさを滲ませた唇を噛み締め、鼻息も荒く上野がベンチに戻ってきた。
「上野さん、ドンマイ!」いかついミットをはめた磯部の左手が上野の背中を小突いた。
「うるせぇや!」腹の虫が収まらないのか、得意のジョークで切り返す余裕は無いようだ。
十回の裏、西濃運輸はすぐさま反撃に出る。先頭打者は一番からと、いきなりの大勝負が回ってきた。
ここまで完璧とも言える投球で打線を封じてきた。ところが一ボールからの二球目、スライダーを弾かれレフト前タイムリーヒットを浴び、一対一の同点に追いつかれた。なおも一死満塁と、苦しい場面が続く。
ここで磯部がセットポジションを選択。相手の虚をつき、一塁牽制でランナーを刺そうと考えたのだった。
迎えた二番打者。一ストライクからの二球目を投じる前に、俺は一塁手の上野に牽制球を投じた。
しかし、どうしたことか。わずかに手元が滑りり、送球は大きく逸れていった。
上野が体を盾に、必死で食い止めるも、三塁走者は本塁突入。夢中で拾い上げた球を磯部に送球する。舞い上がる砂煙、不明瞭な視界の中から、主審の声だけが明確に響き渡った。
「セーフ!セーフ‼︎」僅差で間に合わず。ランナー生還となり、一対二と逆転サヨナラ負け。
一〇〇分を切る信じられないスピードで決着のついた試合に幕が下された。
敗者復活はならず。無念の幕切れに涙を呑んだ。
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