第七章   登龍門   五

 ガチャリとドアが開く音に気づいて顔を上げる。沼田が銀縁眼鏡に手を添えながら、静かに入ってきた。

 ほとんど足音を響かせず、したたかな猫のように歩く姿は全く隙がない。

 数歩いたところでピタリと止まると、ぐるりと散らばる面々を見渡しながら小さくうなずいた。

「今日は雨風に悩まされる難しいゲームだった。しかし孝一、大和の見事なバッテリーと完璧な守備に助けられ、初戦を白星で飾ることができた。みんな、よくがんばった。先ほど碓氷監督に報告の電話を入れたが、たいそう喜んでおられた」

「監督は、お元気なのですね」

 ちらほらと拍手が起こる中、上野が神妙な面持ちで尋ねた。

「しっかりとした声で話されたよ。チームスローガンを深く胸に刻み込んで、さらに気を引き締め今後の試合に臨むように、との伝言だ」

 そうだ、まだまだ始まったばかり。

 泳ぐ、泳ぐ、若鯉が。

 再起を懸けた登龍門。

 上る、上る、切り立つ岩肌。

 己の身をすり減らしてまでも、辿り着きたい場所がある。

 後戻りは許されぬ。片道切符の終わりなき旅は、夢のあとさき。

 ロッカールームを後にして、迎えのバスに乗り込む。

 車窓から覗く西の空。山影に沈みゆく太陽はオレンジ色に燃え、眩しさに目を細めた。

 ふと、渡良世川沿いの風にたなびく青いススキの小路を思い出す。

 残光に浮かび上がる榛名山を背に受け、まだまだ遊び足りない武尊やマコと家路を急いだ遠い日の記憶。

 一抹の物寂しさを感じながら、感傷を脇に追いやり、来たるべき次の試合に心を向かわせた。

 このまま順調に勝ち進んでいけば明日のジェイプロジェクトとの試合を挟み、中三日を置いて準決勝戦での登板を言い渡されていた。

 取り囲む低い山並み。雨に洗われた新緑の木々。くっきりと色鮮やかに萌え、ベルベットの絨毯が敷き詰められたようだった。

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る