第七章   登龍門   三

 JR東北がファイヤーマンとしてマウンドに送り込んだのは、脅威の奪三振率を誇るベテランの福島だった。

 クロスファイヤーが炎の十字を切り、大炎上する前に揉み消そうと送り込んできた刺客。

 どんなピンチにも動じず、球威のある速球と巧妙な変化球の使い手で確実に他者を仕留めると評判だった。

 まるで阿修羅のような精悍な顔立ち。やや細身ながらも威風堂々たる佇まいから放たれる強烈なオーラ。圧倒的な威圧感を持って、勢いづく富士重打線の前に立ちはだかる。

「いよいよ大御所の出番か。福島の切り札は、大きく鋭く横曲がりするスライダーです。ほんまもんですよ、彼のスライダーは。真横に滑るスライダーは球速も抜群で、落ちる軌道は描かないんです。ちょっと見ててください」

 打席に立つのは六番、万場。サイドスローに近いスリークオーターから体ごと捻りを加えた大胆な投球スタイルは、手首で捻る以上にボールが曲がった。

 キョトンとして棒立ちの万場が滑稽なほどに、手も足も出なかった。

「福島のスライダーは途中までまっすぐに見える。だから投げてから反応していては間に合わないんです。しかもバッターの手元で食い込んでくる。仮にバットに当てたとしてもヒットにはならず、ほとんどが内野ゴロになっちまう」

 磯部のリサーチをそのまま再現するが如く、真横にスライドする球をかろうじてバットにひっかけはしたものの、打ち損じた球はショートゴロで呆気なくアウト。

 福島の見事な投球に片時も目が離せず、もどかしい思いで「対策は?」と磯部に訊ねた。

「ないです」と即刻の返答が来た。

「福島が出たら、死刑宣告を受けたも同然。勝負どころをきっちりと抑えて、右打者も左打者も関係ない。正直言って、お手上げっすよ」

 大げさに肩を竦める姿が、全てを物語っていた。

「福島はこのスライダーをバックドアとして使うこともある。アウトサイドからストライクゾーンギリギリに入れてくる。しかもコントロールは抜群だ。バットに当てるのが精一杯だろうな。大和の言う通り、これといった対応策がない」

 沼田も福島の投球を食い入るように見つめていた。

 結局、七番の藤岡はスライダーで空振り三振。磯部もストレートでセカンドゴロと、あっさり料理され、わずか十一球で三つのアウトを奪った。

 ゆっくりとマウンドを去る阿修羅は、顔色一つ変えずベンチに消えていった。

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