渡良瀬橋夢一夜

第七章 登龍門 三

　打順は五番の高橋から。四番並みの勝負強さと威圧感を放ち打席に立った。

　磯部のサインは内角低めのストレート。

　球速はおよそ内山には及ばなかったが、投球のテンポを微妙に変えながら、打者の目を膨らませていく。

　何としてでも出塁したいところだろうが、そうはさせぬ。

　フッと息を吐き、臍下丹田に意識を集中させた。

「超人的に柔らかい身体、並外れたバランス感覚。加えて上半身をがっちりと支える強靭な下半身。軸のぶれないスムーズな投球は、見ていて惚れ惚れとする。しなやかにしなる腕は、ため息が出るほどに美しい」

　本格シーズンを目前に控えたある日、取材に訪れた地元新聞のスポーツ記者が見立てた孝一像だった。

「奇跡の復活！　左腕のアンダースロー、上州の地より、空っ風旋風を巻き起こせ‼︎」

　仰々しい見出しに彩られた記事は、注目度もさることながら復活に懸ける期待度の大きさも物語っていた。

　磯部の構えるミットめがけて、気合の入った渾身の直球を投げ込む。

　追い風の勢いに乗った球が地を這い、一直線に高橋をめがけて飛んでいく。

　球の威力は想像以上だった。

　鉛のような重い球の負荷に耐え兼ねた木製バット。

　バキッと鈍い断末魔のうめき声を上げたかと思うと、真っ二つに割れ、破片が一塁ベース方向に吹き飛んだ。

辛うじて振り当てた球は、ピッチャー・ゴロ。向かい風に阻まれ、おとなしくグローブに収まった。

続く六番の長谷部は、緩急をつけながら外角のカーブで空振り三振とし、七番の下館も外角低めのチェンジアップで、サードゴロに仕留めた。

二イニングも両者に得点はなく、ルーキー・バッテリー同士、互角の戦いにゲームの流れは不気味によどみ、滞ったままであった。

「りゅう兄ぃ、見事にやり返しとってくれたとたい！　胸がスカーッとしとった」

　マスクを外しながら、磯部の険しい顔がみるみると綻んででいった。

「当たり前だ。女房が恥をかかされたままで、引き下がれないだろ」

　バットが折れるのは、ボールが他者のスイングに勝っている証で満足感があった。

　その後も内山はカットボールを主軸に、切れ味鋭い投球で、ばったばったと富士重打線を切り崩していった。