第七章 登龍門 三
狙い通りの結果となったのか、磯部が小さく頷きながらボールを返してよこす。
風の魔術師と化した磯部は、荒くれ者の声に静かに耳を傾け、やがて打ち解けて良き友となった。
強烈な横風でさえも味方につけ、追い風に変えていった。
バッテリーを組んでまだ日も浅いが、俺は磯部のサインに一度も首を横に振らなかった。あらゆる状況に柔軟に対応できる天性のセンスが許さない。
これからも、振るつもりは毛頭ない。それが、俺なりの磯部に対する信頼の証でもあった。
息つく間もなく主力打者が続き、ルーキーながらチーム一の打率を誇る東都リーグ三人衆の一人、西川が打席に立った。
上手く風を掴んだ打球は、センター頭上を越える二塁打。またもやピンチ到来。
ここで得点に繋げたい四番の亀浦が、積極的にバットを振る。
そうは問屋が卸さぬと、時々の風を読みながら外角、内角と投げ分け、磯部が配球を組み立てていった。
追い込まれた西川はレフトフライであっさりアウト。両者無得点のまま、波乱の一イニングを終えた。
「大和、お前凄い奴だったんだなぁ。座ったまま二塁に送球なんて、おいそれとできるもんじゃない。裏を掻いた配球もお見事。見直したでぇ」
ベンチに戻るや開口一番、上野が磯部を褒めちぎった。
「はぁ? 今頃気づいたんすか。答えは風の中にあり!」
磯部は頭をかきながら、おどけた顔でVサインを決め込んだ。
「そのビックマウスさえ何とかなりゃあな。お前には、もう少し人間的教育が必要だ」
追い打ちをかけるツッコミが笑いを誘った。
ふと見せる仕草や笑顔が、武尊にとてもよく似ていた。
そういえば、4月に子供が生まれると言っていたが。まだ連絡はなかった。
消せるものなら消し去ってしまいたい過去。俺も武尊も共に重き十字架を背負いながら、拙い足取りではあったが、今日まで歩いてきた。
薄暗がりの中、未来に続く道の遥か彼方。
微かに見える、消えそうで消えない光の煌めきを信じて。
ほんの1ミリにも満たない希望を捨てきれなかった。だから歩き続けた。
形見となった巻物の白龍が、虎視眈々と睨みを利かせ、事の成り行きを見つめている。
マコ。俺たちの今の姿を見てどう思う? しっかりと歩けているかな。爺ちゃん、まだ富士重のエースとはいかないけど、やっとスタートラインに立ったよ。梅ちゃん、応援してくれよな。きっと、どこかで見守ってくれていると信じて、これからも歩き続けるぜ。
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