第七章   登龍門   三

 続く打者は端沼。ここは手堅く、バントの構えを見せた。

 リードを大きくとりながら、藤井が牽制を誘う。

 敵兵に挟み撃ちにされ、互いに出方を窺っていた。

 相も変わらず、風はレフト方向から本塁に向かって強く吹きつけていた。

 磯部の要求してきたサインは、外角高めの直球だった。

「どこかで必ず走り出す」

 マスク越しに切れ長の鋭い眼光が、隈なく予防線を張っていた。

 モーションに入るや否や、横目にスタートを切る藤井の姿を捉えた。

 完璧なスタートを切られ、盗塁を刺すには不利な状況だった。

「間に合わない!」と思われた刹那、磯部はミットにボールを収めると、座ったままの姿勢でボールを右手に持ち替え、セカンドに素早く送球した。

 矢のようなスローイングが二塁ベース上に到達。滑り込んできた藤井にタッチした。

「アウト‼︎」塁審の手が高らかと挙がった。

 胸のつかえが取れ、ほっと息が漏れた。

 それにしても見事なグローブ捌きだった。

 ダイエーホークス時代の城島健司以外に、座ったままセカンドに送球できる人を知らなかった。 

 並外れた強肩ぶりに『北九州一の名捕手』と謳われた片鱗を垣間見た。

 唖然とした藤井が、首を傾げながらベンチに戻っていく。

 名刺がわりに見せつけたスーパー・プレイは、敵陣に強烈なインパクトを与えたに違いない。

 先頭打者を打ち取られ、賺さず妻沼がヒッティングに切り替えた。

 元来、あまりバントをしない『恐怖の二番打者』だと磯部から聞かされていた。

 待ってましたとばかりに、闘志を剥き出しの顔つきでバットを構えた。

 風が大人しくしている隙をついて、内角へのカーブでカウントを稼ぐ。

 三、四球目とボールながらも、外角低めを直球で突いていった。

 二ボール、二ストライクからの勝負球。横からの強風により、右打者から逃げるシュートのような軌道を描きながら、外角低めの対角線に直球が吸い込まれていった。

 妻沼が一瞬、戸惑う素振りを見せた。

 バットは虚しく空を切り、主審の右腕が「ストライク、バッター・アウト!」と素早く天を突き上げた。

 妻沼が苦悶の表情を浮かべ、ゆっくりとバットを降ろした。

 強風を巧みに利用した微妙に動くボールが、打者の目先を見事なまでに惑わしていった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る