第七章   登龍門   三

 前日の練習で、マウンドの感触は確認しておいた。

 沼田やピッチング・コーチの渋川らが見守るなか、シャドー・ピッチングで地の硬さ、傾斜、眺めなど、肌で直接感じた情報はしっかりとインプットしておいた。

 マウンドの状況は、投手にとって少なからず影響を及ぼす。

 メジャーに移籍した松坂大輔やダルビッシュも、日本とあまりにもかけ離れた硬さの違いに、手こずっていると聞く。

 日本のマウンドは砂状の柔らかい土で仕上げてあるが、アメリカのマウンドは粘土状の硬い土で仕上げてある。

 これはスパイクの歯の食いつきが良いぶん、なめらかな足の運びに影響を及ぼし、結果的に手投げの状態に陥らせていた。

 マウンドの違いが、移籍後の不振に喘ぐ要因の一つとも言われていた。

 再び風向きは微妙に変わった。今度はレフト方向から本塁に向かう強い横風となった。

 磯部の合図で投球練習を始める。

 得意の変化球を放ってみるも、風の煽りを受けて一球ごとに違った変化を見せた。

 とりわけ、縦スライダーやフォークといった変化球が制御不能となった。

 制球は困難を極めることが予想された。

 ふと、横風を逆手にとって、両コーナーを投げ分けたらどうなるか? と思いつく。

 最後の三球はクロスファイアを試してみた。

 クロスファイア、別名:十字砲火。

クロスファイアとは投球腕と対角のコースに投げるストレートで、ホームベース上を横切るように球が通過していく。

 専属捕手に決まって間もない頃の磯部が、重要な生命線になるからと、沼田に打診して早急に覚えた投法だった。 

 左投手の場合、右打者であれば内角を鋭くつくインコースとなり、左打者であれば外角に逃げる軌道で、アウトコースになる。

 ややサイドスロー気味に投げれば、より角度がついて有効であった。

 磯部は投球ミットの芯で補球するや、素早く右手に持ち替えて二塁に送球。

 一連の動作は流れるようにスムーズで、無駄がない。

 最後の一球を投げ終えると、磯部が立ち上がりながら大きく頷いた。

 グラウンド・コンディションは最悪だが、微かに光が見えてきた。

  先頭打者は、どんな球種も確実にミートすると評判の藤井。

 磯部のサインはカーブ。何を考えてる?

 危険すぎる賭けの行方は、気まぐれな風のみぞ知る。

 強い風の煽りを受け、曲がりすぎたカーブ。

 しかし、まるで球の軌道を予想していたかのようだった。

 待ち構えていたバットは、臆せず力強く振り抜いた。

 鋭い打球はややライト方向に流されながらのヒットとなり、ファーストに塁を進めた。

 盗塁成功率は七割を軽く超える藤井。内山の敵討ちとばかりに企てる気配が伝わってくる。

 

 

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