第七章   登龍門   三

 風向きは相変わらず内山に味方していた。

 雲の隙間からは、途切れ途切れに顔を覗かせる太陽が弱々しい光を放っていた。

「風の流れが変わってくるな」と、沼田が腕組みしながら呟いた。

 暗雲の垂れ込める空を見上げながら、何か閃いたのか磯部がパチンと指を鳴らした。

 強い追い風が内山の帽子を攫おうと、悪戯を仕掛ける。

 飛ばされまいと何度も手で押さえ込む内山は、苛々している様子だった。

 受けて立つ岩島のバットが、くるくると小さな円を描いた。

 一瞬、風が止んだ。ここぞと内山がモーションに入る。

 自慢のストレートで押し切るのかと思いきや、放たれた球はスライダー。

 巧妙に打者の懐に切れ込み、岩島も手が出ない。

「内山のフォームには、間がなか。一、二、三のタイミングで行けば打てる」

 磯部の見立てに、沼田が微かに頷いた。

 再び仕切り直し。岩島が内山を見据え、挑戦的にバットの先端をくるくると回した。

 両者の間を一瞬、鋭い風が吹き抜けていく。沼田の言った通り、風向きは微妙に変わり始めていた。

 電光掲示板上に掲げられた国旗が横風に煽られ、緩やかに波打っていた。

「今度はレフトからライト方向に風向きが変わったぞ」

 磯部が五感の全てを研ぎ澄まし、風を読む。

 背後に潜む三人の刺客たちに目を光らせながら、内山がモーションに入った。

 セットポジションから体を沈み込ませ、スリークオーター気味から投げ込むストレート。風を切り裂き、まっすぐに岩島に迫ってくる。

 十分に引きつけてから大胆に振り抜いたバット。見事に芯を捉え、鋭い勢いで内山に跳ね返っていった。

 胸元をめがけて一直線に飛び込んできた打球を、落ち着いてグローブに収めた内山。

 満面の笑みを浮かべながら、ベンチに戻っていく。

 絶好のチャンスを逃した四人の侍たちが、苦虫を噛み潰したような顔で本陣に戻ってきた。

 息つく間もなく、武器を携えた九人の侍たちが、戦場の真っ只中に駆け出していった。

「風と喧嘩したら駄目とよ。風と友達にならんと。大丈夫、心配せんで俺に任せて」

 マウンドに向かい駆け出そう

とする俺の隣で、磯部が微笑んだ。

 言うまでもない、と小さく頷き、お山の大将よろしくマウンドに駆け上がる。

 深く息を吸い込み仰ぎ見た空。

 風をつかんだ翼を悠々と広げ、1番の鳶が優雅に舞っていた。

「教えてくれないか。どうすれば風を味方にできるのか」

 刻々と移ろう風の流れに抗わず、見事に自然と調和し大空を飛び交う。

 野生の凛とした美しき姿に、何か大切なヒントが隠されているように思えた。

 強い横風が頬を翳める。帽子を攫われぬよう、しっかりと被り直した。


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