第七章   登龍門   一

 ウォーミングアップは平常通り行い、キャッチボールはいつもより多めに行った。

 沼田の指示で、投手陣のキャッチボールは投球・フォームで行うよう指導されていた。

「腕を鞭のようにしならせて」「軸足を蹴って」「踏み込んで」個々のフォームを十分に意識しながら投げた。

 次第に距離を開けていくと、徐々に大きなフォームになる。

 体全体を使ってハリのあるフォームにさせるのが狙いだ。

 これにより、より低く伸びのある球が放れるようになった。

 腕の力は八分目。あとは下半身を駆使して投げる。

 特にアンダースローは腕に頼りすぎた投球ではバランスが悪くなり、コントロールの乱れにつながる。

 遠投も行い、肩の可動範囲を広げていき、ボールの回転を確認した。少しでもカットに入ったり、あるいは逆にシュート回転していると、すぐにわかった。

 また、ランナーを想定したセットポジションの練習も積極的に行った。

 試合での約半分は、ランナーを背負った場面での投球となる。

 ことにアンダースローはランナーを背負った際のクイック・モーションが難しく、盗塁されやすいのが難点の一つだった。

 対応策としては、フォームの無駄を減らし捕手との絶妙なコンビネーションで補っていかなければならない。

 幸いに、磯部とは次第に阿吽の呼吸でコミニケーションが取れるまでになっていた。

 ワインドアップの投球練習では、キャッチャーミットにだけ集中してテンポよく投げることを意識して行う。

 だが、セットポジションでの投球は間合いを変え、クイックで投げた。

 ランナーを無警戒にしてもいけないし、気にしすぎてもいけない。何事もバランスが大切なのだ。

 投手は「九人めの野手」とも呼ばれる。ピッチャー・ゴロやマウンド付近での小フライは守備範囲となった。

 特にバントの素早い処理は、投手に求められる重要な要素であった。

 投手に向かって飛んでくる強いライナー性の打球「ピッチャー返し」は、特に危険な打球だった。

 投球後、身体のバランスが崩れていると反応できない。

 そのため、投球後はできる限り早く守備体勢に入ることが求められた。

 ベース・カバーも役割の一つである。一塁手が打球を追ってベースを離れた際は、即座にカバーに入らなければならない。

 状況によってはホームのカバーにも入る。捕手からの返球を待って、ランナーに対するタッチを試みなければならない場面に遭遇することもある。

 多岐に渡るシーンにも、瞬時に対応できる俊敏性さが求められた。

 勝負の世界では、一瞬のためらいと油断が命取りになる。

 磯部と投球の状態を再確認しながらの投球練習。

 気になる箇所も特に見当たらず、三十球をめどに切り上げた。

 一通りのメニューをこなし、ロッカールームに辿り着いたのは、六時を少し回った頃だった。

 

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