第七章 登龍門 一
日の出幾ばくもない暁の空は、夢の中での出撃の朝にも似て。
ふと、徳川家康が詠んだ辞世の句を思い出していた。
『嬉しやと 二度覚めて ひとねむり 浮世の夢は 暁の空』
嬉しいかな。最後かと目を閉じたが、また目が覚めた。この世で見る夢は、夜明けの暁の空のようだ。さて、もう一眠りするとしようか。
うそがまことで まことがうそか わたしがそなたで そなたがわたし ややこしや、ややこしや。
間違いの狂言なのか。いや、白根尊なる人物は、確かに存在しており、夢の中で俺と白根尊の人生は一つに溶け合い、重なり合って、激動の昭和の時代をただ一筋に駆け抜けていった。疾風の如く。
夢から覚め、新たな一日が始まる喜びを噛み締めていた。
傷だらけの硬球を手に取り、強く心に誓う。
桐生孝一としての人生を、不器用でも良い。最後の最後まで懸命に生き切ってみせると。
今日は公式戦会場へ向けての移動日となっていた。
初陣に向け乗り込んだバス、数人の富士重社員に見送られながら、群馬の地を後にした。
「いよいよっすね、りゅう兄ぃ。俺のスーパーコンピューターは、バッチリ稼働してるでぇ。大船に乗ったつもりで、この磯部大和に任せてくんなぁ〜い!」
群馬弁もすっかり板についてきた磯部が、隣の席でおどけてみせた。
「馬鹿野郎、冗談なんぞ飛ばしている場合か」
朝からハイテンションの磯部に、まだエンジンのかからない俺は、呆れ顔で切り捨てた。
「親父がよく言ってましたよ。世の中、利口に見える馬鹿は吐いて捨てるほどいるが、馬鹿を演じられる利口はなかなかいないってね。いや、俺がそうだって言いたいわけじゃないっすよ」
お構いなしに絡んでくる可愛い奴。昨夜の夢の中でも命運を共にし、最後まで俺をサポートしてくれた。
「大和、ありがとな」
驚いた様子で眉根を寄せる顔が、夢の中の磯部と重なった。
『絆』というこの不思議な縁。しっかりと心に刻みつけて。
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