第七章   登龍門   一

『膺、声明を以て自ら高ぶる。 士その容接を被る者あれば 名づけて登龍門と為す』

      『後漢書』 李膺伝


中国の後漢時代の官僚に李膺がいた。

政治や秩序が乱れきっていた当時、李膺だけは志が高く、己の信義を貫いていたと言う。

士で、李膺のところに出入りがかなう者あれば『龍門に登った』と言われた。

登龍門の龍門とは、黄河上流にある竜門山を切り開いてできた急流のことである。

登龍門を登りきった鯉がいたならば、龍になると言う伝説になぞらえたものだった。

登龍門。

成功へと至る難しい関門を突破したことをいう。

立身出世のための関門。


「と言うわけで、新しいチームスローガンは『絆を力に変えて〜ただ一筋に〜』となった。私も非常に気に入った。改めて簡単に野球の歴史を振り返ったが、先人たちの熱き志を力に変えて、ただ一筋に頂点を目指す。必ずや黒獅子旗を奪還する」

 風神の去りしあと、開かれた緊急ミーティング。出陣を控え、奮い立つ若武者たちの一糸乱れぬ気迫に、沼田は大きく頷いた。

 大将の変わり果てた姿を目の当たりにし、全てを悟った若武者たちは、上野の言葉通り『やるっきゃない!』のだ。

 いよいよ二日後と迫ったJABA・静岡大会。初の公式戦。

 先発デビューに、孝一の心は騒ぐ。今夜は、ことのほか満月の美しい晩だった。

 床に就こうと部屋の明かりを消すと、カーテンの隙間から一筋の月光が差し込んできた。

 まっすぐに伸びる青白い光の帯が、サイドボードに置かれた硬球をぼんやりと照らす。

 ふと心細くなり、思わず手に取った。チクリと刺す、あの痛みが掌に蘇る。

 物言わぬ硬球の声なき声に、静かに耳を傾けていた。

 浅い眠りにまどろみながら、いつしか見た夢の断片を手繰り寄せていた。

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