第六章   龍神   六

 夢の謎解きが続いていく。孝一は率直な疑問をぶつけてみた。

「なぜ人は望みもしないシナリオを書き上げるのでしょう」

「いや、人は望み通りのシナリオしか描かない。たとえ展開がおぞましい恐怖に満ちていようとも」

 毅然と答える確氷には、すでに答えが用意されているようだった。

「一番に恐れているものを望むなんて、あり得るのでしょうか」

 偉大なる賢者に知恵を乞う。真実に植えた愚者は救いを求めていた。ふと、聖書の有名な一節が浮かんだ。

『私の恐れていたことが 私の身に降りかかった』

 過度の恐怖は、やがて実現する力を持ち始め、現実となって己の身に降りかかると言うものだった。

 我が身をもって体験しているが故の、戒めとなるべき言葉でもあった。

「過度の保身は破滅を招く。『持てるものは更に多くを与えられ、持たざるものは持っているものさえも奪われる』と言う言葉を知っているか」

 耳にした事はあっても、深い意味はまで考えはしなかった。考えてみたくもなかった。

「それではあまりに残酷です。理不尽な印象を拭えません」

 確氷が再び小さく首を横に振った。

「つまり、こういうことだ。裕福な者はいつも豊かな考え方をするので、さらに豊かさが与えられる。一方、貧しい者はいつも貧しい考え方をするので、さらに貧しくなっていくわけだ」

 なら、どうすりゃいい? 脳に繰り返し刷り込まれた思考の癖など、簡単に変えられはしないさ。もどかしい思いが堂々巡りする。

「人は自分が思う通りのものになる、という意味ですか」

 少々投げやりな気持ちで吐き出した言葉に答えが隠されていた。

「わかっているだろう。『信じる通りの者になる』とも言える。大切なのは、魅惑的な幻想から目覚めること。何度も言うが、恐怖映画にのめり込むあまり、主人公と同化してはいけない。あくまで観客に過ぎないと、常に気づいていなければならない」

 わかっている。しかし一筋縄ではいかない難しさも、よくわかっている。

 深刻なシーンになればなるほど、胸に迫りくる感情の波は激しく孝一をさらっていった。

「悪夢から目覚めなければなりませんね」

 確氷はまっすぐ前を見据えたまま、しばらくの間、口を噤んでいた。

 だが、ふと何か思いついたのか、骨ばった手で軽く膝を叩きながら言った。

「チームスローガンを変えるぞ。『絆を力に変えて 〜ただ一筋に〜 』どうだ、いいだろう」

「いいです! すごくいい‼︎」

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