第六章   龍神   三

 五日間の予定で組まれた合宿中日、予定通り関東学園大学との試合が行われた。

 春の訪れを感じさせる麗かな日差しを背中に受けて、孝一はマウンドに立っていた。

 確氷監督から貰った背番号0はそのままに、午後零時きっかりにオープン戦が始まった。

(俺は生涯、この日を忘れないだろう)

確氷監督に救って貰った投手生命。消えかけていた情熱の炎を、再び熱く燃え滾らせて。

 試合展開は関東学園大学がリード。

 久々に覚えた程良い緊張感に、少なからず体が強張るのか。

 序盤から制球が定まらず。甘く入った球を相手打線に狙い打ちされ、三回表に二本のヒットを許す。加えて四死球、犠牲フライと続き、二点を先制された。

 対する関東学園大学の先発も制球に鋭さを欠き、高めに浮いた球は悉く富士重の強力打線に狙われていった。

 三回裏に同点に追いついた富士重だったが、五回を投げ切り孝一はマウンドを降りた。

 思い通りのピッチングとは程遠い出来だったが、さほど気にもならなかった。

 それより、孝一の中で長らく眠っていた『闘争本能』が急速に目覚めつつある感覚に軽い戸惑いさえ感じていた。

 六回からは両チームともリリーフと守備陣が奮闘して無得点のまま。試合は引き分けに終わった。

 五日後には関西遠征が始まった。新日鉄住金広畑を筆頭に日本生命、パナソニック、NTT西日本、三菱重工神戸。

 関西の王道を行くチームを相手に殴り込みを懸ける。

 都市対抗の行方を占う貴重な対戦相手が名を連ね、一戦ごとに懸ける想いも並々ならぬ意気込みをもって臨んだ。

 孝一が先発を任されたのは、初日の住金広畑戦と最終日の三菱重工戦だった。

 住金広畑との一戦では、いきなり先頭に四球を与えて少なからず動揺した。しかしテンポの良い投球を心がけ、次第に本来のリズムを取り戻していった。

「りゅう兄ぃ、俺ば信じて! 住金のデータは全部、脳みそに叩き込んであるけん。俺が構えた場所ば目掛けて、思い切り投げ込んでくれんね‼︎」

 二イニングを投げ切ったベンチ内。隣に座った磯部が拳骨でヘルメットを叩いてみせた。

「あぁ、わかってるさ」

 磯部に軽く背中を押された孝一は、再びマウンドに向かって駆け出していく。

 磯部のリードに任せてスクリュー、スライダー、ストレートと、バリエーションをつけながら、緩急を交えた投球で勝負を懸けていった。投球が面白いように決まっていく。

 三イニング以降は八イニングまで、二塁を踏ませない好投に「交代の機会を逃した」と、沼田が頬を緩ませた。

 最終回では新人の高卒ルーキー、藤岡がマウンドに立った。

 藤岡も完璧に抑え込んで、十対四で勝利を飾った。

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