第六章   龍神   二

 一月下旬に室内練習場にて、毎年恒例の戦勝祈願が行われると、いよいよ一次合宿、二次合宿、三次合宿と駆け足で日捲り暦が破られていった。

 孝一のコンディションは上々で、肩や肘も特に問題ない。散々に苛め抜き、鍛え上げてきた下半身も、昨年の今頃と比べて確実にワンサイズアップしていた。

 ストレートを主軸にスクリュー、スライダーにチェンジアップを加えた変化球を武器として、投球のテンポアップやモーションにも微妙な変化をつけていった。

 嘗ては、阪急の山田久志が150キロ、最近では西武の十亀剣が最速151キロを記録していた。だが、孝一の平均球速はせいぜい130キロ。最速でも137キロが限度であった。

 しかし、絶妙に握りをずらしたストレートは、スピードガンの表示以上に速く見えた。

 二月末に行われた紅白戦では、自分の投球スタイルを再確認できる貴重な意見も聞けた。

「変幻自在の投球に加え、投球テンポの速さにタイミングを掴めず、自分のスイングがなかにできない。クイックが上手くてコントロールもいいから、始動が遅れると追い込まれる。打てそうで、打てない」

 ベテラン打者の嘆きともとれる高評価に、孝一は確かな手応えを感じた。

 暦は三月に変わり、いよいよシーズン到来となった。

 部室に大きく貼り出された年間予定表。

 一月、二月とまばらに書き込まれていたスケジュールが、三月に入って直ぐの春季合宿で行われる関東学園大学とのオープン戦を筆頭に埋まっていく。

 中旬には五日間の関西遠征、その後も上武大、日大、桐蔭横浜大と目白押しだった。

 七月中旬に予定されている都市対抗。上野が赤いマジックで二重丸をつけた。その傍らには『てっぺん取るぞ‼︎』と、力強い文字が並ぶ。

「草津が引退した今、孝一に先発を任せる。専属捕手として大和をつけるぞ、いいな」

 合宿前日に沼田から告げられた言葉に胸が高鳴った。しかも磯部が捕手とは。これ以上ない御膳立てに、気が逸る。

 練習を終えて寮の自室に戻ると、ノックも無しに勢いよくドアが開いた。磯部だった。

「いよいよやね。りゅう兄ぃの球を受け止められるのは、俺しかおらんと思っとった‼︎」

 満面の笑みを浮かべた細い切れ長の目は、やっぱり開いているのか、閉じているのか分からなかった。しかし、下がり気味の目尻には喜びがにじみ出ていた。

「当たり前だろ! 大和以外に誰がいる?」

 ガッチリと交わした握手に、言葉にならない熱い想いがこみ上げてきた。



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