第五章   風立ちぬ   六

 九月に入ると、沼田は変化球の投げ方を教えてくれるようになった。

 最初に覚えたのはスクリュー。人差し指と中指を揃えてボールを握り、中指と薬指の間から抜くように回転を掛けて投げる。

 スクリューは浮き上がってから落ちる逆方向のカーブのような軌道を描く。

「シンカーは沈む感じだが、スクリューは落ちる。あまりスピードが出ないうえに手首を内側に捻るために投球は難しい。だが捻る角度が小さいから、カーブよりも腕への負担が少ない。マスターすれば、ここ一番の武器になるぞ」

 難しいと言われると、かえって挑戦意欲が湧いてくる。何が何でも習得してみせる。

 薄茜色の残照が雲に照り映え残るグラウンド。練習を終えたチームメイトが一人、二人と引き揚げていくなか、ブルペンには煌々と明かりが灯っていた。

 二つの影法師が揺らめく空間に、鋭い捕球音が響き渡る。

「大和、どうだ? 落ちたか」

 孝一は手首のスナップを確かめながら返事を待った。

「りゅう兄ぃ! だいぶ落差が出てきましたよ。手元で急にストンと落ちる時もあります。バッターから見たら、球が急に消えるような感じがあるでしょうね。魔球ですよ、魔球‼︎」

 磯部がズボンの縁でボールを拭きながら答えた。

 ミットで二度三度ボールを叩いたあと、ニコリと笑いながら返してくる仕草に、遠い日の武尊が重なって見えた。とてもよく似ている。

「さぁ、良くなってきたでぇ〜 もういっちょ、いってんべぇや」

 群馬の方言も少しだけ板についてきた磯部が戯けた表情で茶化してきた。

「なっから言うねぇ。群馬弁を使うなんて十年早えぇでぇ〜」

 苦笑いしながら群馬弁で返し、不意打ちにオーバースローで鋭い一球をお見舞いする。

 磯部は一瞬ビクッと驚いてミットを構え直し、大袈裟な捕球音で捉えてみせた。

「俺ばってん、九州男児やけん。上州男ごっちきに、ひけはっちらんけんぜ」

 博多弁は、どうもいけない。何度聞いても難解で一向に覚えられない。

 憎まれ口を叩きはするが、孝一は磯部が文句なしに可愛かった。

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