第四章   風神   二

「武尊が来たんだな。まだ近くにいるようなら、引き止めてくれ。マコ、頼む」

 祈るような気持ちで再び墓前に手を合わせてから、一目散に駆け出した。

 今度こそ、見つけ出す。

 すんでの所で行き違った苦い過去の記憶に突き動かされ、とにかく走った。

 うっすらと雪に覆われた車のドアに鍵を差し込もうとするが、手がかじかんで思うように鍵穴に入らない。

 そんな事を二度、三度と繰り返して、ようやく車内に滑り込んだ。

 今度は一発でスターターに差し込めた。ワイパーをフル稼働させるも、一段と大きくなった雪のかけらたちが行く手を遮り、たちまちフロントガラスを覆い隠していく。

 ハンドルをしっかりと握り締めアクセルを踏み込めば、後輪が空回りして横滑りを起こした。

 ガラ空きの駐車場でアクション映画のワンシーンよろしく、荒っぽい運転も今日ばかりは咎められないだろう。

 霊園の出口で一時停止すると、右を見ても左を見ても、のろのろと進みながら灯るブレーキ・ランプの列が延々と続いていた。

「なんで、こうなっちまうんだよ」

 怒りと絶望の入り混じった長い吐息が一瞬、フロントガラスを曇らせた。

 何故かはわからなかったが、もう武尊はこの辺りには居ない気がしていた。

 時折心を揺さぶる、根拠のない直感のようなものは、大抵の場合外れた例がない。

 心臓を激しく高鳴らせた異様な高揚感は徐々に薄れ、落ち着きを取り戻しつつあった。

 肩で大きく息をして、右にウィンカーを出した。

 渋滞の列にやっとのこと紛れ込むと、ノロノロと進んで行く前の車にならって、ブレーキを踏んだりアクセルを踏んだりを繰り返しながら、ぼんやりとテールランプの灯りを眺めていた。

 時折歩道を歩いている大男を見つけると、つい淡い期待を抱くのだが、すぐさま失望に取って替えられた。

 そうこうしているうちに、普段の倍以上の時間をかけて、やっと国道十七号との合流地点にまでたどり着いた。

 嫌な予感は的中して、ラジオの渋滞情報が和田橋付近の混雑ぶりを淡々と伝える。

 国道沿いを流れる烏川は生憎の空模様で、どんよりとよどんで見えた。

 視線を上方に移せば、お馴染みの白衣観音が、とことんツキに見放された男を哀れむように見下ろしていた。

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