第四章 風神 二
真琴のお墓は少し遠いが、高崎市営の立派な共同霊園の一角に建っていた。
ちょうど一週間前が祥月命日だったため、墓前には色とりどりの花が飾られ、綺麗に整えられていた。
北風小僧が悪戯をして、なかなか線香に火を点けさせてくれなかった。
苛々しながら何度もライターで点火を試みるが、うまくいかない。
「マコ、お前が悪さしてるのかよ」
苦笑いしながら、やっとのこと、一瞬ふっと止んだ風の合間を見計らって点火に成功した。
線香から揺らめき立つ、細く頼りなげな白い煙が、孝一を白檀の香りでつつみこんだ。
寒さで震える両手を合わせ、黙祷する
「遅くなって悪かったな。マコ、孝一だよ。これは俺が作った和菓子だ。食べてみてくれないか。まだまだ半人前だけど、なんとか頑張ってやってるよ。ほら、温かいお茶も買ってきたぞ」
道すがら、ふと熱いお茶を飲みたいだろうと、ペットボトルを二本買ってきた。
キャップを外し、墓前に供える。凍てつく寒さのせいで、だいぶ冷めていた。
「一緒に飲もうぜ。今日はさ、赤城おろしが来てるんだ。すんげぇ、さみぃよ。今朝方から風神さんが暴れっぱなしだ」
ぬるくなったお茶を口に含むと、頬に冷たいものが落ちてきた。雪だった。
見上げた空から次々と舞い降りてくる白い結晶たち。その一粒一粒に、在りし日の真琴の姿が浮かんでは消えていった。
「武尊はさ、行方知れずのままだ。マコ、お前何処にいるか知ってるんだろう? 教えてくれよ」
返事を待ってみても『あっしには、関わりのないことでござんす』木枯し紋次郎のつれないセリフ。
ゆっくりと冷め切ったお茶を飲み干してから、重い腰を上げた。
「じゃあ俺、そろそろ行ってみるよ。これから武尊のアパートに寄って、少し部屋の空気でも入れ替えてくるよ。またな」
墓前に背を向け歩きだすと、吹き荒ぶ風に紛れて、頭の中にはっきり「孝一……」と、声が聞こえた。
マコ? 今、俺を呼んだか?
驚いて振り返ったものの、あろうはずもないことだった。
「なんだ、空耳か。バカバカしい」
一笑に付して再び歩き出すも、どうにも気に掛かり落ち着かなかった。
どうしても、もう一度、何がなんでも戻らなければならない衝動に駆られ、墓前へと急いだ。
「これは、なんなんだよ」
どうしたものか。さっきまで気づかなかったが、お供えの花の影に隠れるように、手のひらサイズの木彫りの観音様と、紺色の布地に覆われた、日記帳のようなものが置かれていた。
手に取って開いてみると、そこには見覚えのある特徴的な文字で般若心経が書き綴られていた。
極端な右上がりの角張った文字。
「武尊だ‼︎」
捲っても捲っても、目に飛び込んでくる文字は、間違いなく武尊の書いたものであった。
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